”大阪のノリ”が全国を席巻している「吉本の成功」
速水 吉本の成功という意味では、大阪が東京に勝利したとも言える。
おぐら とくに、競技化されたコンテストで勝ち上がるタイプのネタは、ガラパゴス化したハイコンテクストな笑いなので、マニア層に向いているというか。それよりはノリの良さとか、コミュニケーション能力重視のローコンテクストな楽しさを提供できるほうが、大衆受けもいいし、インバウンド政策とも相性がいい。だからこそ、吉本新喜劇をはじめ、大阪のベタな笑いがクールジャパンに取り込まれるという。
速水 1997年に矢作俊彦が書いた『あ・じゃ・ぱん』という小説があって、そこでは日本が東西に分断して、東側がソ連になり、西側がアメリカになるという、世界大戦後の架空の未来が描かれている。地理的な中心は箱根なんだけど、首都が大阪という設定で、吉本興業の創業者の妻が首相になり、日本が吉本化しているの。おそらく矢作俊彦は大阪が嫌いだから、吉本化したことで日本はえげつない国になったというパロディなんだけど。
おぐら でも実際、現実の日本でも吉本によって“大阪のノリ”が全国規模に広まってますね。
速水 これまでの見立てとしては、輸出産業の要であるトヨタが名古屋にいて、首都は成長を続ける東京で、それに比べると大阪は沈没していると思われていた。でも現実の日本は、クールジャパンとか含め、大阪であり吉本が勝っていた。これ、すごい大事な視点だよ。それこそ「やる意味あんの?」とまで言われている大阪万博を開催する勢いが、いまの大阪にはあるってことだから。
おぐら 大阪は勢いありますよ。だって吉本芸人しかり、吉本マナーがこれだけ日本の空気を作っているんですから。
速水 新喜劇なんて、まさに大阪のイデオロギーだよね。庶民の生活の中にあるおかしみを、大げさにして大衆演劇にするっていうさ。
芸能事務所ではなく”国策大企業・吉本興業”が抱えた一大事
おぐら だからこそ、今回の闇営業問題は、いち芸能プロダクションの問題ではなく、国策企業が抱える一大事なんです。
速水 そんな国策企業にもかかわらず、所属する芸人との契約は「口頭のみ」「書面では交わさない」っていうのがおそろしいね。
おぐら 今回の闇営業問題は、そういった背景で吉本が会社として過剰とも言えるクリーン化をすすめていた時期であり、芸人の地位が向上したことで、芸を売るというより、好感度を売るタレントのような存在になっていたこと、そういった存在による不祥事を世間が許さない風潮、世間が許さない人はスポンサーも許さない、そして芸人の多くがそのスポンサーからのお金で収入を得ていたという収益構造、そういったすべてが芸人という個人に降りかかってきてしまった。
速水 うん、もはや個人でどうにかできるレベルじゃないってことはわかった。その後の7月の宮迫、亮の告発会見の話などについては、また次回。
写真=山元茂樹/文藝春秋