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野球に厳しい王貞治さんが語った、「野球を楽しむ」ということ

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/08/08

「王さん、ホームランってどうやったら打てるの?」

 小学校5年生くらいの男の子の単刀直入すぎる質問に、思わずその隣でたじろいだ。

 待て、こちらにおわす方をどなたと心得る、不滅の大記録868本塁打を打ち立てた“世界の王さん”なるぞ。

 畳が擦り切れるほどの素振り、日本刀を使ってのスイング、深く刻まれた眉間のしわ。数々の輝かしい球歴の一方で、王さんの野球人生の裏側には血の滲むような努力や精進、忍耐といった重たいイメージがつきまとう。

子どもたちへの贅沢な“ホームラン教室”

「王監督は怖かった」

 あの小久保裕紀氏ですらそう述懐する。それは立場が全く違う筆者も同感だ。たとえば試合後の囲み取材。「ペナントレースは50(試合)や60(試合)は負けても優勝できるんだ」。そう言いながら、敗戦後のダグアウト裏では立ち止まるはずの報道陣の前を素通りし、そのまま“緊急”ミーティングへと向かって行くのだ。それは連敗中でなくても、よくある光景だった。そして戻ってきた王監督の眼はいつも真っ赤に充血していた。

 野球、そして勝負に厳しい人。それが王さんなのだ。少年よ、そもそもタメ口ではないか!

「おー、そうかい、そうかい。ホームランってのはね――」

 けれども、王さんはニコニコ笑っていた。

「力任せに振りに行くだけじゃダメなんだ。バットの芯でボールの芯を叩けば、力を入れなくてもボールっていうのは勝手に飛んでいくんだよ。そんな風に出来ているんだから。バットの芯はどこか分かるかい」

 身振り手振りを交えた“ホームラン教室”。なんて贅沢な時間なんだ。ひと通り聞き終わると、子どもたちは王さんにハイタッチを求めてから駆けていった。

 

「子どもってのは大人にはない積極性があるからね。俺たちの時代よりも今の子は物怖じしなくなっているしね」

 そう言って王さんは、また優しい瞳をして笑っていた。

WCBF・世界少年野球大会を設立した経緯

 これはつい先日の8月初旬の出来事である。

 WCBF(世界少年野球推進財団)をご存知だろうか? 王さんが理事長を務めており、野球の素晴らしさを、次代を担う子どもたちにも伝えていこうとの趣旨で「WCBF・世界少年野球大会」を1990年のロサンゼルス大会を手始めに毎年夏に開催している。

 今回で第29回の大会(2009年のみ開催なし)を、福島県福島市で迎えた。14の国と地域から135名の少年少女が参加。野球経験の有無は問うておらず、初参加のラオスをはじめ、スイスやアルゼンチン、ガーナといった野球とは馴染みの薄そうな地域からも子どもたちを招待している。およそ1週間寝食を共にして、午前中はグラウンドで野球教室、午後は交流行事などを行うのだ。

 福島まで取材に行ってきたのだが、今回はなんと王さんが一対一でのインタビューに応じてくれたのだ。

 

――世界少年野球大会を設立された思いや経緯を教えてください。

「最初、アメリカのハンク・アーロンさんと会っていろいろ話しているうちに、自分たちが楽しく、そしていい思いをさせてもらった野球を、若い世代の人たちにもやってもらいたいという願いから始めました。ここから将来のプロ野球選手が出ればいいですが、そうじゃなくても体を鍛えて友達をたくさん作ってほしいし、ルールを守るということも覚えてほしいと思っています。自然とルールが身につくというのが団体スポーツの利点ですよね。そういう場を作って、子どもたちに参加してもらおうじゃないかと。そして『世界』という名をつけて、世界中から子どもさんたちを集めて交流が深まればということでスタートしたんですよね」

――この大会に参加する子どもたちは10歳、11歳。この年齢で国際交流できるというのは貴重な場ですね。

「今の時代、国際交流というのは必須ですが、大会をスタートした頃の世の中はまだ違っていました。でも、印象に残っていることがありましてね。アメリカとロシア……当時ソ連ですかね。女の子同士が座ってお弁当を食べていたんです。どんな言葉で意思の疎通をしているのかなと思って見ていましたが、子どもというのは不思議なもので、1日1日ちょっとずつ距離が近づくんですよ。子どもの世界って大人が変に考えるよりも、輪の中に入れたら子ども同士でちゃんとコミュニケーションをとれるんだなと、そこで学びました。

 今年29回目になりましたが、とにかく子どもたちの表情の変化、目の輝き、練習して上手く行った時の嬉しそうな顔がね、僕も嬉しいんですよ。たった1週間くらいの短い大会ですけど、1日1日距離が近づく。大人の世界じゃあり得ないことが子どもの世界ではあるんです。彼らの抱き合っている姿を見ていると、(大会を続けるのは)大変なんだけど、これは続けていかなきゃと毎回思いますね」