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夏に読みたい「怖い話」

2019/08/17

「トラビスの話は”本物”」調査を進めた空中現像研究機関

 この一連の成行きの間、APRO(空中現像研究機構)はどうしていたのだろうか。こちらは、じつはトラビスの話を“本物”とみて、別途の調査を進めていたのであった。

 11月11日朝、「トラビス、テューソン市内の病院に」というニュースを聞くやいなや、APROの会長夫人のコラル・ロレンゼンは市内の病院を片っぱしから調べ、どこにもいないと知った。そこで彼女は、兄のデュエインの家にいると推理し、10時45分頃に電話をかけてみた。APROが国際的に定評のある研究団体であると説明し、協力を申し出た。デュエインは「信頼のおける医師に診断させること」を頼んだ。ロレンゼン夫人は、すぐにフェニックス市在住のAPRO会員、ケンドール、ソルツ両博士と連絡をとり、3時半からトラビスの診察を行なうことを決めたのである。

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 この10時45分という時間が問題になっている。前述したスチュアード博士(GSWコンサルタント)はトラビス兄弟が、「9時半から2時間、私のオフィスにいた」と語っている。同博士のオフィスとデュエインの家とは、車で30分かかり、時間的にツジツマが合わない。ところが、デュエインの主張は、「スポールディングに教えられたスチュアード博士は、行ってみると内科医ではなかったので、15分ぐらいで出てしまった」というもので、そうだとすると、彼がロレンゼン夫人の電話に応対できることは確かである。APROはこの点を重視し、スチュアード博士は信用できないものと見なしている。一方、博士の側はトラビスを「LSDによる幻覚症状」に似ているとし、「私が麻薬についてもエキスパートだと知って、逃げ出したのだろう」とも言っている。

なぜトラビスはポリグラフテストから逃げたのか?

 さて、2人の医師と連絡し終わった頃、UFOの実在を科学的に証明した人に10万ドルの賞金を出す、と発表して話題を投げたアメリカの大衆新聞『ナショナル・エンクワイアラー』が、APROにコンタクトしてきた。「トラビスは真実を言っているものと思うが、一時どこかに隠れた方がいい」というロレンゼン夫人の言葉に、“ホテル代などの費用提供”を申し出た『ナショナル・エンクワイアラー』とAPROとの協力による“トラビス潜伏作戦”が成立したのであった(一説には、同紙は独占記者会見記と交換に兄弟に対し5万ドル提供を言い出したという。真偽は別として、12月16日紙面で、事件が独占的に大報道されたことは事実である)。

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 デュエインは、ポリグラフ・テストをボイコットした理由をこう説明している。保安官との会見のさい、「ポリグラフ・テストを14日にうけることはいいが、マスコミを外して静かなところで頼む」と要請し、保安官は承諾した。ところが当日ホテルでテレビを見ていると「今日いよいよトラビスのテストが……」と報じられたので、約束違反だとしてボイコットしたのだ、と。