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病床の父と輪島のハガミ

 父をめぐる事情はもうひとつあります。すでに病魔に蝕まれていたのです。

 以前から腰の痛みを訴えていた父は、大阪場所が始まる直前に大阪大学医学部附属病院に行って検査をしてもらったのですが、診察が終わるやすぐに家族が呼ばれ、行きつけの東京の病院で再検査してほしいと言われ、レントゲン写真を持たされました。

 御茶ノ水の東京医科歯科大学医学部附属病院で行った精密検査の結果は膵臓癌。もともと糖尿病を患っていた父は、すでに癌細胞は全身に転移しており、末期で余命いくばくもないという医師の言葉に私は目の前が真っ暗になりました。

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 まだこれから輪島にいろいろと教えてもらわなければならないことがたくさんあったのですが、とにかく緊急に入院する必要に迫られました。

 輪島が花籠を襲名したのは、父の誕生日の10日前でしたが、父はすでに御茶ノ水の病院でベッドの上でした。

初期の花籠部屋の面々。前列白シャツが親方、右が初代若乃花(中島五月氏提供)

 上階の特別室に見舞いに行くと、帰りは必ず出口まで降りて見送ってくれました。私の姿が橋を渡って見えなくなるまで父はずっと立ち続けていました。

 ちょうど桜のきれいな季節で、ドラマのように花びらが舞い落ちるのを見あげながら、どうか奇跡が起こりますようにと祈ったものです。

 実はこの3月場所中に継母が宿舎の階段を踏み外し、大怪我をして東京の病院に入院していました。このため医師から父の容体や今後の治療方針を聞くのは私の役目となったのです。

 輪島にも当然父の容体を伝えました。ちょうど場所後の巡業に参加していたので簡単に帰京するわけにはいかないことは理解できましたが、結局あの人は父が亡くなるまで、一度しか見舞いに訪れませんでした。

 それどころか、輪島はマネージャーを通して私にこう言ってきました。

「どうしても金が必要だから預金通帳の全額を融通してもらえないか」

 大切な結婚式のご祝儀を用立てるというのに、マネージャーはその使途を知らないと言います。

 私はなにを言っているのかと憤り、病室で父に相談するとこう言われました。

「どうせ出すなら気持ちよく出してやれ」

 輪島は七尾の実家から回収した500万円を含め、合わせて2000万円ものお金を、後に聞いたところによれば、なんと2か月で使い果たしてしまったのです。

 思い返せば、80年11月場所後にも同じように金を無心してきたことがありました。

 輪島はこの九州場所で現役最後の14回目の優勝を飾ったのですが、千秋楽の数日後、私が両親と3人で福岡から羽田空港に戻ると、先に帰京していた輪島がリンカーンコンチネンタルで空港まで出迎えにきていたのです。

 こんなことはそれまで一度もなかったことなので、不思議なことがあるものだと怪しんでいたら、案の定、その場で輪島は父に「ハガミ」を入れてきたのです。

「ハガミ」とは「端紙」と書く相撲界の隠語で、「端紙を入れる」とは金の無心を意味します。輪島が言う金額は百万単位だったようです。

花籠親方の葬儀。左から2人目が富美子夫人、後ろが大鵬親方、2人おいて二子山親方、右が竜虎、1人おいて輪島(中島五月氏提供)

 横綱がわざわざ空港までやってきたのは、高額なハガミをするために、空港まで出迎えて親方の心証を良くしようという魂胆なのでしょう。

 結婚披露宴のご祝儀2000万円を含め、後にこれらのお金の使い途を関係者から聞きました。

 つまりは八百長相撲の清算金だったのです。

 どうも輪島は一場所に何番か白星を買っていたようなのです。稽古不足の輪島ですから、横綱として15日間の場所を戦い続ける自信を持てるわけがありません。そこはお金の力で星を融通してもらっていたということなのでしょう。

 星の取り引きはケースバイケース。譲ってもらった星は負けて返すか、金で解決するのですが、横綱は買い取りが常識だといわれます。輪島は11月場所後の巡業で、1年分を精算しようとしたとしか考えられないのです。

 入院中の父は、輪島が病室に来ないことにひと言も愚痴をこぼしませんでした。髷を切った輪島はいずれ必ず生まれかわってくれると信じていたか、あるいはもう諦めきっていたのか、ついにそれを確かめることはできませんでした。

 

INFORMATION

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