「芸能人って可哀想ね」
帰りの車の中で時子はつぶやいた。
「僕は生まれ変わっても芸能人にはなりたくありませんね」
「これで万が一、ホテルが倒産したら、マスコミはもっと大騒ぎするのかしら」
彼の身を案ずるのは、最愛の母を失った哀しみの上に、もうひとつ別の不幸が重なっているからだった。少し前から、加山雄三のホテルとして知られる茅ヶ崎のパシフィック・パーク・ホテルが、巨額の負債を抱えて倒産する、という噂が囁かれていた。
「格好のネタにされるでしょうね。経営は小桜さんの弟の岩倉具憲氏らしいですね。でも世間では加山さんのホテルで通ってますからね」
「彼には負債はかかってくるの?」
「結局、あの家の稼ぎ頭は加山さんですからね。彼が一生かけて働いて返すことになるんでしょう……、でも、20億なんて金、いくら加山雄三だって一生かかっても返せないですよ。若大将シリーズだって、もう一時の勢いはないし」
「渋ちゃん、加山さんのことで何か聞いたら必ず私に教えて。もし私にできることがあったら協力するから何でも言ってね」
「わかりました」
時子は渋谷と約束を交わした。
それから2ヶ月ほど経ってから、時子は渋谷から、加山の新アルバムのためのデモ・テープを受け取った。
「え……、 2週間で15曲?」
思わず聞き返した。全盛期に作った『ハワイの休日』でも3週間で12曲だった。渋谷によると、既に茅ヶ崎の加山の自宅も6千万円で抵当に入り、今月末にはいよいよ葉山のパシフィックホテルの倒産が明るみに出るという。加山は一家の稼ぎ手として、一生かけて借金を返していく覚悟を決めている。ただ、発表後、マスコミや債務者からの集中砲火を想定して、それを一時的にでも逃れるために、1ヶ月半ほどアメリカに避難する計画を立てていた。その出発前にレコーディングを済ませなければならなかった。