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「永田は戦争を止められたか?」日本型官僚エリートの限界

 ほかにも難問があった。永田は徹底した合理主義者だったといわれる。理念を踏まえて現実的な思考をする人間だったと。本編でも矢次一夫氏は「正直なインテリ軍人」と評している。軍令機関である参謀本部勤務はごくわずかで、陸軍省や教育総監部が長い。現場で指揮を執った経験もない。軍政家であって軍令(作戦や用兵)の人ではない。

 さらに「天皇の軍隊」によれば、「陸士16期生は陸軍史上では特別な意味を持っている」という。「大部分は留守部隊付、あるいは新設師団要員に留保され、戦場に出る機会を持たなかった」。高橋正衛「昭和の軍閥」も「十六期以降の軍人は戦後派であった」「永田たちが新しい陸軍の指導をしていくのだと決意したのは」「(戦場体験を持つ前の期の軍人との)断層の自覚が作用していたのではないかと思う」と述べる。いわば「戦場コンプレックス」だ。

 そうであれば、もし彼が生きていたとしても、例えば中国大陸からの日本軍の撤兵など、できたとはとても考えられない。それではアメリカとの戦争を回避することは難しかっただろう。万が一、手をつけることができたとしても、別の機会に暗殺されていたかもしれない。それが、どんなに優秀でも「日本型官僚エリート」の限界だったのではないだろうか。

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「政界の黒幕」と呼ばれた矢次一夫氏とは?

 本編の著者・矢次一夫氏も一筋縄ではいかない人物。安倍晋三首相の祖父の岸信介・元首相と親しく、本編の冒頭にあるように「政界の黒幕」と呼ばれた。経済人や軍人にも広い人脈を持っていた。歴史家やジャーナリストとは違う視点で興味深いが、いま読んで理解するにはもっと詳しい注釈が要りそうだ。

本編の著者・矢吹一夫氏 ©文藝春秋