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「株、上がれ!」は滑っていたが……

 では、日本の指導者が、日本語でごく自然にジョークを飛ばすのはまったく無理なのかといえば、そういうわけでもないだろう。そこで私が思い出すのは、ちょうど20年前に首相を務めていた小渕恵三だ。1998年に首相となった小渕は、就任直後に視察先の青果店に並んでいたカブを両手に握り、「株、上がれ!」と叫んだことがいまも記憶に残る。ギャグとしてはあきらかに滑っていたとはいえ、そのパフォーマンスには、「人柄の小渕」と呼ばれたキャラクターがにじみ出ており、けっして無理な感じはなかった。

白いカブを手に「株、上がれ!」と笑顔を誘った小渕恵三

 小渕は翌年、1999年には、「ブッチホン」の語(小渕が、雑誌で自分について言及した人やメールをくれた一般人にいたるまで誰彼かまわず電話をかけていたことを指す、本人による造語)で、新語・流行語大賞の年間大賞に選ばれている。このときの大賞は、プロ野球・西武の松坂大輔の「リベンジ」および巨人の上原浩治の「雑草魂」(所属チームはいずれも当時)と同時受賞となり、授賞式に駆けつけた小渕は、「私も中曽根、福田総理の間で雑草魂で頑張りました。この間の総裁選もやりまして、リベンジにも縁があるんです」と、両者の言葉を自分にかこつけてスピーチしてみせた(※1)。

1999年の新語・流行語大賞表彰式に出席した小渕恵三

“やさしい”小渕のあからさまな「リベンジ」

 スピーチで小渕が口にした「中曽根(康弘)、福田(赳夫)総理」とは、同じ群馬の選挙区で争った自民党の大先輩である。また「総裁選」とは、この年9月に行なわれた自民党総裁選を指す。この総裁選で一騎打ちとなった加藤紘一に圧勝したあとにも、小渕は記者団との一問一答でこんな造語を披露していた。

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記者:これまで、鈍牛、猛牛、闘牛と変じたが、総裁選が終わり、今度は何牛になりますか。
首相:今度は「ジュウギュウ」だ。
記者:ジュウギュウ?
首相:やさしい牛だ。やさしい牛。「柔牛」でいく。(※2)

 一見するとおとなしそうな人柄から「鈍牛」とも呼ばれた小渕だが、総裁選では対抗馬の加藤紘一に闘志をむき出しにし、「猛牛」「闘牛」と化した。その戦いを終えて今度は「柔牛」と行くと宣言しながらも、彼はこのあとの内閣改造で、加藤に対しあからさまな報復人事を行なっている(流行語大賞授賞式のスピーチでの「リベンジ」とはそれを意味した)。表向きには親しみやすい人柄を見せながら、裏では権力の座に執着し、自分を阻む者を許さない。それこそが小渕の凄味であった。

 ともあれ、小渕の首相在任中、新聞各紙の政治面に掲載される首相の一日の動向を伝える欄では、毎日のように上記のような記者との一問一答がとりあげられ、名フレーズ・迷フレーズもたびたび飛び出した。これについては爆笑問題の太田光が、当時、テレビでよくネタにしていたのを思い出す。