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またしても「ガス事件」 使途あいまいな大金の行方

 こうして昭和疑獄の第一幕が下りようとしている頃、第二の疑獄は既に芽生えていた。

 昭和4年6月、ガス会社は1億円の増資を商工省に申請すると共に、市会の承認を求めようとした。ガス会社は50万円をばら撒いた疑ありと、渋谷の若林茂という男が告訴したが、その間に脅喝が行われたのではないかと、東京地検の枇杷田検事が主となって調べて行った。そこでガス会社の経理課長を調べたところ、使途あいまいの金が100万円もあることが判った。

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 そこで昭和7年9月7日、ガス会社の前常務であった鈴木寅彦氏を警視庁に引致し、使途不明の金のことを追及した。鈴木は昭和4年秋増資案が、商工省ガス事業委員会で葬られてから、1億円を5000万円増資と減額してそれとなく市の幹部の了解も得ようとした。

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 昭和6年10月28日ガス会社は満々たる自信を以て、5000万円の増資案の市会承認を求めて来た。満々たる自信とは市会方面への運動は十二分に尽しているという意味である。

 一方商工省にも5000万円の増資認可を求めたところ、これは昭和7年3月29日付で認可された。

 昭和7年9月9日朝、東京市の高級助役であった白上佑吉氏が警視庁によばれた。贈賄幇助の容疑であった。

 検事が鈴木寅彦から送った2万5000円の金のことを追及すると、白上氏は、

「私は高級助役として機密費を使うのは当然である。市会議員から泣きつかれたり、ねだられたりすると金を渡すことも珍しい事ではない。個人的には鈴木常務と懇意ではあるが公人としては市民の不利になるような増資案には反対し、現に昭和4年6月の市会では、満場一致で増資案を否認しているではないか」と述べた。この検事の取調べに対する白上佑吉氏の諄々と述べた「助役稼業のつらさ」に検事も同感したという。

 鈴木から贈ったという金については、知人の鳥取県選出の多額納税議員たる奥田亀造が持って来ると言っていたが、私はまだ受取っていないと答えた。

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「島田という者だと偽名して寺へ当分おいてくれ」

 鈴木寅彦氏の手足となって働いていた「四天王」と呼ばれる4人があった。赤沼吉五郎と伊原伊之吉と近江哲蔵と宮崎親一である。

 その内の赤沼は今度のガス会社から金を贈る役を引受けていたので、早速警視庁から赤沼の家に行ったが、赤沼はガス疑獄事件が起ると共に姿をかくし杳として消息がわからない。栃木県野峰山々麓の古刹浄土宗永台寺に現われたとの情報があったので刑事4人がそれッとばかり飛んだ。永台寺の住職には、島田という者だと偽名して寺へ当分おいてくれとの事だった。

 警視庁では赤沼の行きそうな所を張込んでいたが、その張込先に住職が来て「私の寺にいる男ではないか」という話から、刑事達はすぐ住職に僧衣をぬがせ、背広を着せて足利市から自動車で永台寺に向ったのである。赤沼は寺から三町位手前で自動車を降り、自動車にしばりつけていた自転車を下していた。その横を刑事をのせた自動車は通り過ぎたのだった。

 赤沼は一眼で住職の変装を見破り、元来た道を一散に走り去ったのだった。7年9月16日赤沼は逃げ切れない事を観念し刑事の自宅に自首して出た。

 白上佑吉氏は林銑十郎大将の実弟だが、当時林氏は陸軍教育総監をしていた。この兄弟仲は非常によかったが、林総監は荒木陸相の下に、進退伺を提出した。それには及ばぬと慰留されて、留任した。

 昭和7年9月27日、東京市会議長民政党代議士大神田軍治氏が警視庁へ召喚された。これは昭和6年10月29日の市会議長選挙に際し、対立候補の溝口信氏の勢力が侮り難いのを見て、相当の金をばらまいたという容疑である。議員一人当り500円から1000円で十数氏を買収したというのだ。