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「日本のインテリジェンス」はなぜ世界から遅れを取るのか――「内調」の虚像と実像 #3

2019/09/03

 霞が関の省庁間の権益争いに加え、更に深刻な事態を招いたのが、「政治主導」の名のもとに強行された“官邸改革”である。

 それを決定付けたのが、1997年当時の橋本龍太郎内閣の肝いりでスタートした行政改革会議で、官邸の危機管理強化策として内閣に危機管理専門官の新設を提言、翌98年に官房副長官に準ずるポストとして、「内閣危機管理監」という名称で置かれることが決定した。

橋本龍太郎内閣組閣 ©文藝春秋

まともな「国家の意思決定」ができない日本

 これは、橋本首相お気に入りの國松孝次警察庁長官(61年)の起用を想定したものだったが、本来は、中央官庁を束ねる事務の官房副長官にリーダーシップがあれば、事足りる問題であった。それ故、警察庁も官房副長官に屋上屋を架するものであると、危機管理監の設置には当初から否定的であった。(そして危機管理ポストは今や、北朝鮮ミサイル、尖閣警備からパンデミック、大震災まで、官邸の“よろず相談所”である。)

 官邸の内情に通じていた大森義夫元内調室長(63年)も、危機管理体制の強化について、「国家意思の決定を迅速に行う必要があります。そのためには意思決定に関与する人が多すぎるとだめ。米国の国家安全保障会議のメンバーは、正副大統領、国務長官、国防長官だけです。そこにCIA長官や統合参謀本部議長が陪席している」「これに比べて日本は総花的で、ペルー人質事件対策本部の時も、医師団を送ったから厚相、日本人学校が関係するから文相もメンバーに、という議論でした。そうしないと霞が関の官僚が動かないのです。こんな体質がまともな国家意思の決定を阻害している」(「朝日新聞」97年5月17日付朝刊)と現状を批判した上で、「日本には『情報コミュニティ』という概念が希薄ですから、まず合同情報会議の強化から始めるべきでしょう」(同)と現実的な、しかも近道の改善策を披露していた。

ペルー日本大使館人質事件発生時、ペルー大使を務めていた青木盛久氏 ©文藝春秋

 合同情報会議の座長は、先に述べた通り官房副長官が務めているが、その役割の大きさは、近年とみに増している。特に、対外関係や危機管理の問題ということになれば、「官」が従来から蓄積してきたノウハウや技法だけでは全く通用せず、一挙に荒業が必要となる場合も出てくる。その際、「政」と「官」を、そして「官」と「官」を繋ぐキーマンである官房長官の判断材料を用意するのが、「合同情報会議」であり、更にそれを下支えする情報組織が「内調」構想の志であったはずである。