防具である盾で相手をぶん殴って倒すキャプテン・アメリカ
俺のかずきは「千駄ヶ谷の受け師」の異名を持つ棋士なのですが、普通「受け」というとガチガチに守りを固めるディフェンシブなイメージを持つかもしれません。だけど俺のかずきの「受け」は「攻撃的に受ける」ところにその魅力があります。
僕は将棋の弱い観る将おじさんなのでその概念しか伝えられませんが、「相手が攻めてきた駒を守りの駒で攻める」というのがおじおじ将棋をかっこいいと思うところです。本局でいうと35手目「▲7七金」などがそれで、実際の良し悪しはわかりませんが「防具である盾で相手をぶん殴って倒すキャプテン・アメリカ」みたいなかっこよさがある一手だと思って泣きました。アベンジャーズのキャップで泣ける人は、おじさんのファンになる素養があると思います。
事前研究に定評があり、ここまで常におじさんより大幅に持ち時間を残して序盤を進めてきた豊島王位がこの一手に2時間半の長考。珍しく豊島きゅんのほうが持ち時間を使う形で1日目の封じ手となります。
2日目、「攻めるしかない」という意思を見せた豊島きゅんの猛攻をおじさんが鬼のように受ける展開となりました。おじさんは徹底的に受け、ここらで攻めてもいいのではという局面でも徹底的に受けました。相手にやることを無くならせて完封する、いわゆる「友だちを無くす手」を指し続けて着実にリードを広げていきます。
最後まで諦めず勝ち筋を求める豊島王位も素晴らしかった
もしかしたら「もうほとんど勝敗はついたから終わってよ」と思う人もいたかもしれません。しかし、最終盤、決めに行く攻撃の手「▲8四角」を打つ際の木村九段の右手は明らかに迷っている素振りで盤上をさまよいました。手の好悪に関わらず強い手を指すときは「ビシッ!」と駒を打ち付ける木村九段には非常に珍しい動きで、それだけこの1局、この一手が重いものであるということを感じました。
その後は最後まで優位を保ち続けた木村九段が勝利。王位戦の戦績を3勝3敗とし、最終局に望みをつなげました。「炎の十番勝負」の成績的にも4勝5敗のフルセットです。
終局後、陣屋の解説会場に現れた木村九段は勝者とは思えないほど疲れ切った顔をしていました。知らない人が見たら「5徹した営業部長」だと思ったでしょう。だけど、僕にはそんな将棋の強いおじさんがむちゃくちゃにかっこよく見えていました。
また、そんなおじさんと対比するように涼やかな顔をした新卒の社員みたいな豊島王位も素晴らしかったことも併記させてください。
木村九段を象徴する名言に「負けと知りつつ、目を覆うような手を指して頑張ることは結構辛く、抵抗がある。でも、その気持ちをなくしてしまったら、きっと坂道を転げ落ちるかのように、転落していくんだろう」というものがありますが、このシリーズの豊島王位からはまさにその精神を感じました。本局や第4局の最後まで諦めず勝ち筋を求める粘り腰の指し筋は、長らく将来を嘱望されながらなかなかタイトルに恵まれなかった豊島王位が身につけた百折不撓の精神なんだと思います。僕は一緒に観戦していた同僚と「すごい将棋だね」「2人合わせて二百折不撓だね」と言って静かに感動していました。
2019年9月10日、第60期王位戦第6局。その日、将棋の強いおじさんは百折不撓でした。最終局がどんな結果になろうと、僕はそのことをずっと覚えていたいと思います。