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『スラムダンク』の宮城の気分に

 ただし、問題はその相手です。俺のかずきが王位戦および竜王戦挑決で戦う相手は時の名人である豊島将之二冠。若くして「序盤、中盤、終盤、隙がないよね」と評されながらなかなかタイトルに恵まれず、最近ついに覚醒して勝ちまくっている鬼みたいな天才です。その一生あどけない風貌から「豊島きゅん」の愛称で将棋ファンから愛されています。

 おじさんが何度もタイトル獲得を阻まれた羽生さんが無冠になったと思ったら、今度は脂の乗り切った豊島きゅんが立ちはだかる。スラムダンクの宮城が「なんでオレの相手はいつもすごいのばっかなんだ……」とこぼしたことがありましたが、おじさんファン的にもまさにそんな気持ちでした。実際、王位戦七番勝負も第1局、2局を連敗。特に2局目は優勢の将棋を逆転されて落とすという苦しい形になりました。

 いかなおじさんファンでも「やはり豊島にはかなわないか……」と思わざるをえませんでした。しかし。そこからおじさんはリアルガチの百折不撓を体現し、続く第3局、4局を勝利して2勝2敗のイーブンに持ち込みます。特に王位戦第4局はお互いの玉が相手陣に侵入するタイトル戦史上最長の285手の死闘となり、将棋の弱いおじさんである僕はただひたすら「百折不撓……百折不撓……」と言って泣くしかできない状態になりました。コンピュータの示す最善手が多くの人にわかる現代こそ、こういった人間の意思が感じられる熱戦が名局なのではないかと僕は思います。

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木村九段(左)と豊島王位(右)は、この夏「炎の十番勝負」と呼ばれる激闘を繰り広げている ©文藝春秋

入り口で「もう満席で入れないかも」

 王位戦第5局では、豊島きゅんa.k.a.鬼がついにエース戦法の「角換わり」を投入しておじさんは敗北。竜王戦挑決も2勝1敗で豊島きゅんa.k.a.新鬼畜眼鏡が勝利し、いよいよおじさんには後がなくなります。

 そんな状況で迎えた王位戦第6局。僕は3年ぶりの陣屋に足を運びました。

 仕事とかいう1ミリも棋力が上がらない無駄な行為に勤しんだ同僚とともに午後休を取って午後4時ごろに陣屋に到着すると、入り口で「もう満席で入れないかも」と言われました。陣屋の大盤解説会では過去最大の客数だったそうです。百折不撓の精神で受付まで行ってみたらギリギリで大盤解説会場に入れてくれました。僕が「百折不撓……百折不撓……」と言いながらサービスのコーヒーを飲んだことは言うまでもありません。おいしかったです。

 2日目の午後、すでに形勢はおじさん優勢に大きく傾いていました。ただ、それはあくまで外野の見解においての話。現地解説の佐々木勇気七段は「木村先生の手は当たらない」と言いながら次々と次の一手を外し、会場にはなぜか外すたびに笑いと拍手が起こるという微笑ましい展開がありました。こういうプロ棋士のチャーミングな一面が現地解説の楽しいところなので皆さんもぜひ行ってみてほしいです。

副立会人の佐々木勇気七段が、現地解説も務めた。200人以上が詰めかけた会場は盛り上がる ©文藝春秋