3年前、僕は人生初の将棋の現地観戦をするために、対局会場となった神奈川県秦野市の老舗旅館「陣屋」に行き、木村一基八段が羽生善治王位に玉砕した第57期王位戦の一部始終を見ていました。僕は木村先生の熱烈なファンであるため、今回は僭越ながら「俺のかずき」と呼ばせてください。

このとき王位戦に挑戦した俺のかずきは43歳

 俺のかずきが6度目のタイトル挑戦に失敗した夜、僕は木村一基a.k.a.将棋の強いおじさんがいかに素晴らしい棋士かをブログに書きました。内容は主にかずきの所有権について僕が強く主張するものでしたが、その結びとして僕は以下のような文章を書いています。

〈有望な若手がどれだけ台頭してきても、僕はまだまだ「これからは木村一基八段の時代だ!」と言い続けたいと思います〉

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「将棋の強いおじさん」「千駄ヶ谷の受け師」とも呼ばれる木村一基九段 ©文藝春秋

 正直な話をすると、やけ酒で酩酊した頭でこれを書いていたときも、僕はこれが希望的観測に過ぎないことを自覚していました。なぜならこのとき王位戦に挑戦した俺のかずきは43歳。一般的に30代までがピークと言われる将棋界において、「年齢的におそらくこれが最後の輝きになるだろう」ということは多少将棋を知っている人であれば否が応でも理解せざるを得ないことだったからです。

 その後は僕も仕事とかいう1ミリも棋力が上がらない無駄な行為に勤しむ時間が増え、将棋をじっくり見る時間もあまり取れなくなっていました。大人の階段を登り切り、シンデレラでもなんでもないつまらない大人になりました。極めて愚かな行為なので皆さんは真似しないようにしてください。

「世界将棋強いベストイレブン」であるA級棋士に返り咲き

 ところが。僕が人生の停滞を続けている間に、俺のかずきはそこからさらにトップ棋士の階段を登っていました。46歳にして驚異的な上昇気流に乗った俺のかずきは気付けば八段から九段になり、「世界将棋強いベストイレブン」であるA級棋士に返り咲き、王位戦挑戦者の資格を獲得。おまけに将棋界最高権威である竜王位にあと一歩となる挑戦者決定三番勝負への出場も勝ち取っていました。

たびたび将棋のタイトル戦の舞台となる鶴巻温泉の「陣屋」 ©文藝春秋

 おじさんの座右の銘に「百折不撓」という言葉があります。何度失敗しても諦めない、という意味の言葉なのですが、マジでその言葉通りの活躍ができる人間がこの世に何人いるでしょうか。この時点で僕はもうボロ泣きしており「子供が生まれたら『百折不撓』って名前にする!」と言って周囲に引かれたりしていました。現在33歳独身の僕に子供が生まれる予定は全くありませんが、そのへんも百折不撓したいと思います。