1976年作品(94分)/東映/VHSのみ/12960円(税抜)/レンタルあり

 松方弘樹は前回述べた通り、市川雷蔵の穴埋めとして一九六〇年代末に東映から大映へ移籍していた。その大映が倒産すると七〇年代初めに再び東映に復帰する。そして『仁義なき戦い』を皮切りに実録やくざ映画で頭角を現わす。

 当時の松方はほとんどのやくざ映画において、反骨心をギラギラとたぎらせながら巨大組織に立ち向かっていくアウトロー役を、ひたすらエネルギッシュに演じていた。だが、そうした中で一本だけ毛色の異なる作品がある。それが、今回取り上げる『お祭り野郎 魚河岸の兄弟分』である。

 松方がホームグラウンドにしていた東映京都撮影所では、やくざ映画ばかりが作られていたが、本作は東京撮影所の企画だ。当時はやくざ映画の観客動員が頭打ちになっており、東京では不良性感度ばかりではない、一般客にも受け入れられるような新路線が模索されていた。これは、そうした中で生まれた作品だった。

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 舞台は築地。松方扮する主人公の勝男は魚河岸で働いているのだが、とにかく祭で神輿を担ぐことが大好きで、仕事そっちのけで神輿の稽古と喧嘩にあけくれていた。

 物語は、そんな勝男の恋の行方が下町の賑やかな人間模様と共に展開していく。京都製作のやくざ映画での強面なイメージからすると意外な気もするかもしれないが、本作を観ていてつくづく感じるのは、喜劇的な芝居に対する松方の親和性の高さだ。

 笑顔一つで女をメロメロにする男の色気、殴り合いの喧嘩をした相手と汚水タンクに落ちて二人でパンツ一丁のまま体を洗う時の爽やかな笑顔、女と二人乗り自転車で魚河岸を走り抜ける際に見せる楽しげな表情、そして汗だくになりながら神輿を担ぐ必死の形相――。生来持っている「陽」の雰囲気が、下町の青年の気風にピッタリだった。

 お会いした際に筆者も垣間見ることができた、話に夢中になると無邪気に目を輝かせる、少年のような横顔。そして松方の代名詞ともいえる全身からムンムンに放たれる男性ホルモン。そんな魅力が遺憾なく映し出され、そのことで、祭で賑わう下町の活気が躍動感と共に伝わってきた。

 結局のところ本作はあまり当たらなかった。が、担当した鈴木則文監督は既に東京でこうした喜劇路線を続けており、『トラック野郎』シリーズを大ヒットさせて、同じく強面のやくざのイメージの強かった菅原文太はコミカルな一面を開花させている。だが、松方はこれ一本の出演で京都に戻り、再びやくざ映画一色になっていった。

 それだけに本作は、松方の喜劇的な才能に触れることのできる、貴重な一本といえる。