2015年に日本で刊行され、ベストセラーになった『帳簿の世界史』。ローマ帝国からスペイン、フランス、イギリスなど、かつて栄華を極めながら破綻してしまった世界史上の大国を中心に、その盛衰の謎を「帳簿」から読み解く斬新な歴史書で、各紙書評をはじめ大きな反響を呼んだ。昨年文庫化もされた同書の著者、ジェイコブ・ソール氏(南カリフォルニア大学教授)がこのたび来日。歴史学と会計学を横断した研究を続けるソール氏に「2019年の世界をどう見ているか?」と尋ねると、彼は何度も「信頼」という言葉を口にした。(全2回の1回目/#2へ続く)

(取材・構成=近藤奈香)
 

ジェイコブ・ソール氏(南カリフォルニア大学教授) ©文藝春秋

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『帳簿の世界史(原題:The Reckoning)』を本国で刊行したのは2014年でしたが、それから5年、世界は様々な変化を経験しました。特に象徴的だったのはやはり2016年、米国でトランプ大統領が就任し、イギリスで国民投票によりブレグジットが決まったことでしょう。

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 世界的な金融危機から既に10年が経ちましたが、未だ必要な改革は充分に行われていませんし、現状を見る限り、各国政府が国際的に協力をするという道も絶たれているように思えます。

EU離脱反対派のデモ ©AFLO

いま注目すべき時代は“世界大戦前”

 一人の歴史家として思うのは、私たちが今日注目すべき時代は世界大戦前ではないか、ということです。第一次大戦と第二次大戦は、完全につながった一つの悲劇でした。現在、米中貿易摩擦をとっても、日韓関係をとっても、香港の暴動をとっても、不安定材料が非常に多く、何かがどこかでコツンとぶつかった瞬間に――それがブレグジットなのか、ドイツの金融機関の破綻なのか、中国経済の停滞なのか、はたまた社会の格差問題なのかはわかりませんが――大きな悲劇が起こりそうな雰囲気が漂っています。

『帳簿の世界史』 ©文藝春秋

 民主主義が危機に瀕していることも、この時代性を物語っていると言えます。「超大国」アメリカの政府も、イギリスの政府も決して安定していません。大英帝国の消滅をこれほど願っていた人類が、皮肉なことに英国が本当に実存的危機に直面するとなると、皆、不安で仕方ないのです。何かがおかしい――そのように、多くの人が感じています。