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「バラバラ事件の迷宮解く 殺害犯人遂に捕らわる」

 水上署が千葉と娘の所在捜査を進めたが、なかなか判明しなかった。本籍地の秋田にも問い合わせたが、数年前、田畑を売り払って上京したまま、消息を絶っていることが判明。「一縷の望みをかけて」警視庁管内各署に旅館や下宿屋などへの寄宿の有無を照会したところ、それが見事にヒットした。「同姓名の者、本郷区湯島新花町三、長谷川市太郎方に同居あり」。水上署の刑事が身元を隠して長谷川に当たると、「千葉は2月初めごろ、田舎で金を都合してくると言って、娘を置いて出掛けたきり帰ってこない」という答え。周辺で聞き込みすると、家の中が「いつもゴタゴタともめていた」ことが分かった。そこで長谷川を追及したところ、ようやく犯行を認めた。

 逮捕は朝日のスクープだったといわれている。記者が水上署のトイレに入っていると、2人の巡査が来て、知らずに話したのだという。確かに1932年10月21日付夕刊には「バラバラ事件の迷宮解く 殺害犯人遂に捕らわる」と2面トップで報じている。しかし、容疑者は「建具屋職人長谷川一郎」。内容を読むと長谷川市太郎と、東京帝大の雇員だった弟と混同したように思える。

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本編の“美談”とは異なる長谷川家の暮らしぶり

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 犯行に至るいきさつも資料によって微妙に異なる。「警視庁史 昭和前編」は、浅草公園で長谷川と会ったとき、千葉は「いまこそこんな姿に落ちぶれているが、田舎へ帰れば立派な家もあり、田畑、山林など時価四、五万の財産がある」「財産は全部自分の名義になっているから、半分は義弟にやっても、残りを売れば二、三万は手に入る」などと「口から出まかせの大ぼらを吹いた」と記述。「ところが、これを聞いた(長谷川)市太郎は、すっかり真に受けて『これは大した男だ。いまのうちに世話しておけば、先行き自分のためになる男だ』と打算的な皮算用をしたのである」としている。双方に思惑と打算があったことになり、本編の「美談風」な色彩は薄くなる。こちらの方が現実に近い気がする。長谷川の兄弟と妹もかつかつの生活で、本来なら人に同情して恵みを与えるような境遇ではなかったといえる。