本物だとは思っていたけれど、ここまで強くなっているとは……。横浜国際総合競技場(日産スタジアム)の応援に馳せ参じた7万近いラグビーファンの1人として、「10.13スコットランド決戦」の勝利に酔い、純粋にそう感じた。
スコットランド戦勝利の意味は、ことのほか大きい。過去のテストマッチで1勝10敗。あの宿澤広朗が率いた1989年5月28日の秩父宮ラグビー場における28対24の勝利以来、30年ぶりの快挙である。
時折勘違いされるムキもいらっしゃるが、テストマッチは練習試合でも親善試合でもない。ラグビーの試合で使われ始めたナショナルチーム同士の真剣勝負を指す。
そこで宿澤ジャパンが、ラグビーの母国グレートブリテンの一角に勝つという悲願を叶えたのだから、あのときも興奮した。チームの主将がスタンドオフとインサイドセンターを両方こなした平尾誠二、それにロックの林敏之や大八木淳史を加えた神戸製鋼トリオがゲームを引っ張り、まだ早大の学生だった堀越正巳がスクラムハーフとして強豪を翻弄した。
本場の英国チームにとってアジアに敗れたのは、さぞかしショックだったに違いない。敗れたスコットランド側はあとになって負け惜しみのようなことを言いだした。
「あの試合はレギュラーの大半が欧州遠征に駆り出されていた。国を代表するナショナルチームではなく、“プレジデント15”なので、テストマッチではない」
悔しいが、30年前の秩父宮決戦では、スコットランドがメンバーを落としていた事実もまた否めない。これ以降、ジャパンはテストマッチでスコットランドやアイルランドに敗れ続けた。そのせいで、スコットランド戦の1勝がテストマッチだったかどうか、日英の論戦は、今もって決着がついていないのである。
あげく、われわれラグビーファンは95年6月、南アフリカ大会ニュージーランド戦で悪夢に襲われた。W杯史上最悪の17対145。見たくもない光景が、W杯のたびに毎回、嫌になるほど報じられてきた。