自然は唯一無二のデザインリソース
私が見ていたのは『世界の蝶』という図鑑だった。子どもの頃からの一番の愛読書である。世界中の美麗な蝶が網羅されている。そしてそのとき、あの違和感の謎が解けたのである。それはこういうことだ。もし、蝶だったら――ひとつひとつのアイテムがどんなにすばらしいものであっても――絶対にその組み合わせはしないよね、という感覚なのだった。少年の頃から筋金入りの虫オタクだった私は、その美意識の基準がすべて虫たちの意匠から成り立っている。たとえば、私の一番好きな蝶は、台湾の南の孤島にだけ棲息する貴重な蝶、コウトウキシタアゲハという大型種なのだが、その優美さといったら筆舌に尽くしがたい。すらりと流線型に伸びた漆黒の前翅、そして輝くような深い黄色の後翅、首には可憐な赤い衿をまとっている。そのバランスの精妙さはいかばかりか。そう、黒には黄色のボトム、スカーフは紅色じゃないとダメなのだ。ことほどさように、少年の頃から、私にとって自然は唯一無二のデザインリソースなのであり、それは未だにそうなのである。
さて、話題は変わるが、私を作家として世に出してくれたのは小黒一三である。かつてマガジンハウスの雑誌「ブルータス」の編集者として辣腕をふるい、のちにアフリカの路傍の絵描きムパタを世界的に有名にし、ムパタの名を冠したホテルをマサイマラの高原に建て、環境雑誌「ソトコト」を作り、ロハスやスローフードを世に流行らせた伝説の人物。そんな彼が20年も前、まだ何者でもなかった私に突然電話をしてきて、書く場所を与えてくれた。そして今に至る。彼は自らの編集者哲学を貫いて、いつも黒子に徹し、表に出ることはない。でも、ある意味で、BEAMSを世に送り出したのも小黒一三であるといえるだろう。1970年代後半から80年代にかけて、雑誌が文字通りあらゆる文化の流行を創出し、牽引した時代。BEAMSを巡っても、小黒たちの群像劇あるいは愛憎劇(?)が繰り広げられた。当時、私は京都大学でマジメに勉強していたので、残念ながらその頃のことは知らない。きっと本誌で誰かが証言してくれるだろう。
ふくおか・しんいち 1959年、東京生まれ。青山学院大学教授。ロックフェラー大学客員教授。著書に『ツチハンミョウのギャンブル』など。