10月29日の発売とともに、業界内外を騒がしている異色のコラボ増刊「ビームス×週刊文春」。そのなかから、『週刊文春』の連載でお馴染みの福岡伸一さんが綴る「ビームスと私」をご紹介します。

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 あるとき渋谷に向かう東急電車の席に座って本を読んでいると(未だに私は電車内ではケータイではなく本を読む事が多いのだが)、ある駅で、世にも稀なる美女が乗り込んできて私の前に立った。すらりとしたスタイル。そして着ている服が完璧だった。私はなるべく彼女の方を直視しないようにして、彼女の着こなしをちらりとうかがった。上はつややかな黒のニット、鮮やかなオレンジ色のボトム、ハンドバッグは紺、アクセントに淡い水色のスカーフを首に巻いていた。電車が渋谷につくと彼女は颯爽と降りていった。へえ、あんなおしゃれさんがいるんだ。私は勤務する大学がある表参道まで行くので、そのまま座席に座りながら、さわやかな残像の余韻を楽しんだ。あの風合いや色使いはひょっとするとBEAMSのラインナップかもしれないな。渋谷が勤務地みたいだったし。

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 しかし、一方で、私は心のどこかにちょっとだけ引っかかるものを感じていた。ある種の違和感、と言ってもいいかも知れない。その感覚の正体がいったい何に由来するのか、私にはわからなかった。大学に到着すると、すぐに講義の準備や雑用に取り紛れて、朝のささいな出来事はすっかり忘れてしまった。その後、ずいぶん経ってからのこと、本をパラパラとめくっていた私は急に思い至った。スティーブ・ジョブズが語っていた有名な言葉、コネクティング・ドッツとはまさにこのことだ。2つの無関係なことが突然、頭の中で連結し、発火する。ちなみに、これこそが人間の知性にだけ出来て、AIには出来ないことだと思う。AIは、履歴がある2点しか結ぶことができないからね。