大沢在昌さんに「大人の小説を書け」と言われて
――次の『カササギたちの四季』(11年刊/のち光文社文庫)はすごく自由に楽しそうに書いている印象を受けたんですよね。リサイクルショップの店員2人と、中学生の女の子がさまざま出来事に遭遇します。
道尾 あれは楽しんで書きましたね。本当に好きな1冊です。日暮くん、華沙々木くん、菜美ちゃんの3人が本当に好き。彼らと、柵もなくて広くて、どこに行ってもいいよという場所で遊ばせてもらっている気分でした。あれを書いている時に、意図的にリアリティを排除した、「作られたキャラクター」でないと描けない世界があるんだなというのが分かりました。『カササギたちの四季』で書いたのは、リアリスティックな人間だと描けない世界ばかりで。でも最後はもう、読み返すたびに涙ぐんでしまうんですけれど。あの世界が愛おしくて。
――リアリスティックではない世界でのストーリーがリアリスティックな感動を立ち上らせるという。同じ年に刊行されたのが、またまったく異なる味わいの『水の柩』(11年刊/のち講談社文庫)。これはごく一般的な中学2年生の男の子が、少女から相談事を持ちかけられますが、実は彼女は心の中で自殺を決意している、という。
道尾 幸福でも不幸でもない、どこにでもいる普通の人間を主人公にしようと思ったんです。スタートの時点で主人公が不幸だったり何らかのバイアスがかかっていると、世界が水平じゃないから、たとえば主人公が1個のボールだとしたら、何もしないでも勝手に転がっていく。フラットな状態からスタートさせるのって難しいんですよ。ボールが動いてくれなくて。書き始めてから、なんでこんなことを始めちゃったんだろうと思って後悔しました。あまりに難しかったもので。でも、最初はずっと主人公の彼のことばかり考えていたんですけれど、彼の周囲にいる少女とか、おばあちゃんの目から世界をとことん見つめてみたら、ストーリーが出来上がっていった。それは初めての体験で、すごく勉強になりました。
――そして2012年は2冊。『光』(のち光文社文庫)では小学校4年の男の子たちの賑やかな話になりますね。男の子たちの友情がきらめいていているし、挿入される別の語り手にあるサプライズが用意されています。次の『ノエル』(のち新潮文庫)は、童話を紡ぐ少年少女や大人たちの話が連なっていく、美しい小説です。
道尾 『光』は不定期で雑誌に書き連ねてきたもので、かなりの時間をかけて完成した作品です。これも大好きな1冊。『ノエル』は、物語とは何か、その役割についての話ですね。これもやっぱりデビューそこそこじゃ書けなかったと思うんです。物語とは何かということをテーマに据えて書いても恥ずかしくない作家になれたんじゃないかという自覚ができて、自分でも一度突き詰めてみたかったんです。でも小説をモチーフにしてその内容を作中作にすると、とんでもなく厚い本になってしまう。そこで童話というアイディアが出てきたんです。シンプルに端的に伝えたいことを伝えてくれるんですよね、童話って。
――クリスマスプレゼントにしたくなる本ですよね。
道尾 文庫のカバーは藤城清治さんのあの素晴らしい影絵作品なんです。見た目も、プレゼントに最適ですよね(笑)。
――『笑うハーレキン』では大人の、40歳のホームレス家具職人が主人公ですね。彼が弟子を志望する女の子やホームレス仲間と、いろんな困難や事件に直面していく。
道尾 これはお酒の席で、大沢在昌さんに「大人による大人のための小説を書け」って発破かけてもらったんですよ。それで書きました。でもその後大沢さんには何も伝えていないし、たぶん、僕にそれを言ったことも憶えていらっしゃらないと思います(笑)。
『カラスの親指』の時も主人公はいい大人だったんだけど、今回は本当に大人が大人の方法で困難を打破して、新しい扉を開ける話にしたかった。外から敵がやって来てそれに立ち向かうというだけじゃなくて、自分の中の何かに勝つという。自分もいい大人になって、実はそれが一番重要なんだと分かってきていたので。
――それで主人公には辛い過去があって、それを道化で誤魔化して、でも疫病神がいつも彼のそばにいる、という設定になっていったんですね。主人公が家具職人というのは…。
道尾 バーで知り合った飲み友達がいて、いつも喋ってたんだけど、お互いに相手の職業を知らなかったんです。仕事の話って、あんまりしないんで。でもある時、彼が家具職人だということを知って、向こうも僕が小説家だと知って。そうしたら彼は僕の小説を何冊も読んでいた(笑)。そんなことがあり、生まれて初めて家具職人の友達ができたので、いろんなことを訊いたんですよ。そうしたら出てくる話出てくる話面白くて、これはもう家具職人の話にするしかないなと思って。