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有楽町線の“ナゾの終着駅”「和光市」には何がある? 都心からわずか20分、寝過ごしても大丈夫?

2019/10/28

ホンダ、理研に自衛隊も

 その代表格が本田技研工業の和光ビルと理化学研究所、そして陸上自衛隊朝霞駐屯地。ほかにも司法研修所や税務大学校、などの公的機関もある。世界的な大企業と研究施設がある街なのだから、国内どころか海外からやってくる人もいることだろう。そりゃあ、ビジネスホテルがあるのも当たり前。

 ちなみにこの理化学研究所は原子番号113の元素「ニホニウム」を発見したらしく、それに因んで駅前の通りの歩道に元素記号が書かれたプレートが埋め込まれている。和光市は世界に誇るべき発見があった街なのだ。いい意味で期待を裏切る和光市駅の旅である。

元素記号が書かれたプレート。「113番元素ニホニウム発見のまち」とある

 さて、ここまで来るとどうして和光市駅の周辺にこれだけの施設が集まっているのか、という疑問が湧いてくる。少しだけ和光市駅と街の歴史を辿ってみよう。

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1934年の開業当初は利用者が200人以下だった

駅近くには新しいマンションも見られた

 和光市駅が開業したのは1934年のこと。当時はもちろん地下鉄などなくて、東武東上線(当時は東上鉄道)の単独駅であった。和光市という自治体もなく新倉村と呼ばれていたので駅名も「にいくら駅」(開業から約5か月後に新倉駅に改称)だった。駅周辺は農村で、少し離れた川越街道沿いに旧宿場町の集落があった程度のところだったという。開業当初の利用者数は200人にも満たない程度だというから、今とは随分な違いである。

 その後、1951年に周辺が大和町となったことで大和町駅に、1970年に和光市の市制が施行されたことで和光市駅に改称されている。地下鉄有楽町線がやってきて直通運転がはじまったのは1987年。2008年からは副都心線との直通運転も行われるようになった。

 そして最大の疑問は周辺の大型施設群。こちらのもとを辿ると、一面畑が広がる農村地帯だった駅周辺の土地を1937年以降に帝国陸軍が買収したことがきっかけのようだ(それ以前にはゴルフ場もあったらしい)。そして1941年に陸軍予科士官学校が市ケ谷から移転し、あわせて軍需工場なども周辺にやってきた。そうして、“軍事都市”として発展の足がかりを掴んだのである。

和光市への路線図。有楽町線の直通運転が始まったのは1987年から。30年以上の歴史がある