昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「あとを継いでほしいとは思ってない」船橋郊外の中華料理屋で77歳店主が作り続ける“絶品餃子と味噌ラーメン”

B中華を探す旅――船橋法典「江戸一」

2019/11/05

genre : ライフ, グルメ

 JR武蔵野線の船橋法典駅は、中山競馬場の最寄駅。そのため競馬の開催日には混雑するというが、平日午後は駅前にも人は少ない。競馬はともかく、基本的には都心に勤務する人のベッドタウンなのだろう。

 駅前の木下(きおろし)街道を、競馬場とは逆の鎌ヶ谷方面へ。日蓮宗の総本山、身延山久遠寺の守護神である七面天女が祀られているという七面堂を左に見ながら進むと、やがて交通量の多い三叉路にたどりつく。

船橋法典駅を出たら、競馬場とは逆の鎌ヶ谷方面へ
木下街道を進む

真っ赤な暖簾を揚げる「江戸一」

 道路を隔てて向こう側に真っ赤な暖簾を揚げているのが、今回ご紹介する「江戸一」だ。「B中華」ごころをくすぐるブルージーな外観を目にした瞬間、この店は当たりだと感じた。

時の流れを感じさせる外観の「江戸一」

 L字型のカウンターが厨房を囲む店内に足を踏み入れると、その直感が間違いではなかったことを確信した。飴色の壁は、時の経過を表しているが、単に古いだけではない。細部まで掃除が行き届き、清潔で心地よいのだ。

 店主の和田明さんは77歳だそうだが、背筋もビシッとしており、見ていて気持ちよくなるほど動きも機敏だ。

店主の和田明さん(77歳)

「もう寿命ですよ。昭和17年に生まれたんで、第二次大戦の真っ最中だよ。生まれは東京の大井町でもって、終戦後、4歳ぐらいで疎開から帰ったときに蒲田に移って」

「ぶらぶら遊んじゃ喧嘩したり……」

 名だたる繁華街の蒲田育ちである。若いころは、ちょっとした不良だったようだ。

手書きのメニュー表

「軟派よりも硬派のほうだったからねえ。私は遊び始めたのが15、6歳で、でも、20歳ぐらいまでか、やんちゃしたのはね。あんまり環境のいいところじゃなかったから、ぶらぶら遊んじゃ喧嘩したり」

 穏やかな表情で、やんちゃだった時代を振り返る。

「中学を出たのが昭和33年。それまで目の前に遊郭があって、学校卒業して社会人になったら行こうと思ったんだけど、34年に廃止になっちゃった(笑)」