スパイ小説の第一人者として人気の高いフレデリック・フォーサイスが、自伝『アウトサイダー 陰謀の中の人生』を著した。インテリジェンスに詳しい作家の手嶋龍一さんが、本書の読みどころを案内する。
◆◆◆
文句なしに面白い――昨今、そんな新刊に出遭うことは、万馬券に当たるほどの幸運と言っていい。フォーサイス少年はスピットファイアーを駆って大空を飛びたいと憧れていた。ケンブリッジ大学の入試面接でも「パイロットになりたい」と告げ、安全だが退屈な人生を拒んでしまう。まさしく筋金入りの『アウトサイダー』なのである。この特異な自伝は、短編の狙撃手、ロアルド・ダールが人生を綴った『少年』、続く『単独飛行』の系譜を継ぎ、消えゆく大英帝国の青年群像を彷彿とさせる。
ふたりとも金持ちの子弟が学ぶパブリック・スクールに通いながら、大学には進まない。冒険旅行に出かけ、軍用機の操縦桿を握り、やがて作家になる軌跡はぴたりと重なっている。
「人生はおびただしい些事と、数少ない大事件から成りたっている。自伝では退屈にならぬよう内容を厳しく吟味すべきだ。どうでもよい事柄はばっさり切り捨て、鮮やかに記憶に残っている出来事だけに絞り込むべし」(『単独飛行』より)
フォーサイスもダール流の「自伝の鉄則」にあくまで忠実なのである。
フォーサイスは語学の才能を生かして、ロイター通信の特派員となり、ドゴール時代のパリから冷戦都市ベルリンに赴いていく。彼の地で東ドイツの情報当局の峻烈な検閲体制のもと記事を紡いでいく。検閲はジャーナリストを鋼のように鍛えるという。一段と逞しくなった彼は、BBCの特派員として内戦下のビアフラの悲惨な現実と向き合う。だが、祖国とメディアの官僚体質と思うさま衝突する。
この時、英国秘密情報部と密やかな関係が培われる。後年、その絆が南アフリカで大きな実を結ぶことになる。この国の白人政権は人種隔離政策は放棄したのだが、核弾頭は密かに所有していた。作家は、情報当局の密命を帯びて現地に飛び、ボタ外相に核の扱いをどうするのかと尋ねた。一連の事実は『ジャッカルの日』に劣らず面白い。
Frederick Forsyth/1938年イギリス生まれ。英空軍パイロットなどを経て、ロイター通信海外特派員、BBC放送記者を務めた後、71年、ドゴール暗殺をテーマにした『ジャッカルの日』(KADOKAWA)でデビュー。
てしまりゅういち/1949年生まれ。NHKワシントン支局長を経て05年退局。近著に『汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師』。