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アルコール依存症の自覚がないまま、泥酔中に離婚した40歳男性が語る「人生の債務」

2019/11/09
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人生の債務が、僕にはまだ残っている

「一昨年の秋くらいから、佐智江がうつ病を発症したんです。もともとストレスを溜めやすい性質で、アルコール依存症だった時期にも心療内科に通院していたと、その時はじめて知りました」

 佐智江さんは、出会った頃とは別人のように変わってしまったという。

「基本的に涙ぐんでいますし、ささいなことで僕にいちゃもんをつけます。『あなたと結婚したせいで私の人生が台無しだ』と言われた時には、洋子の20代を台無しにしたことを思い出して、つらくなりました。ただ、あまり反論せず、聞き役に徹するようにしています」

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「毎日おつらいですね……」と声をかけると、竹田さんは言った。

「佐智江は僕を救ってくれました。だから今は僕が佐智江を救わないと、なんていうか……僕の人生がフェアじゃないものになってしまう。それに、こんなことを言うのは不謹慎だと思いますが、洋子を不幸にした分の債務も、僕にはまだ残ってるんです。

 

 永遠だと思っていた家族ですら、いとも簡単に壊れる。つまり永遠なんてない。だから人は、心が一時的に壊れてしまっても、その状態が永遠には続かないと思うんです」

 竹田さんは、自分で自分に言い聞かせるように熱弁をふるった。

「それに、壊れた状態で吐く言葉が“ほんとう”じゃないことは、アルコール依存症で壊れていた僕自身が一番よく知っています。今の佐智江は僕に罵詈雑言を浴びせてきますが、それは佐智江の“ほんとう”じゃない。泣き叫ぶ佐智江の薄皮一枚の奥に、“ほんとう”の彼女がいるんです。……すみません、気持ち悪いノロケですよね」

 そんなことはないです、と言うしかなかった。

「アルコール依存症は一生完治することがないので、僕もいつまたダメ人間に戻ってしまうかわかりません。もし佐智江が回復しないまま僕が依存状態に逆戻りしたら、僕はそのまま体を壊して死んでしまうでしょう。その時は、洋子の『これで毎日会えるね』と佐智江の『大丈夫、治せるよ』を思い出しながら死にたいんですよ」

ぼくたちの離婚 (角川新書)

稲田 豊史

KADOKAWA

2019年11月9日 発売

アルコール依存症の自覚がないまま、泥酔中に離婚した40歳男性が語る「人生の債務」

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