昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「英語のできない英語教師」に縛られ英語ができない“身の丈”ジャパンの諸問題

我が国の高等教育はどう仕切り直されるべきなのか

2019/11/08

 文部科学大臣である萩生田光一さんが、英語教育の地域や経済力の格差を巡って「身の丈」発言をしたお陰で、2020年度に始まる大学入学共通テストにおける英語の民間試験の導入について、延期が発表されてしまいました。

 推進論も反対論もあって、どちらも一理あるので仕切り直しも仕方ないですね。次こそは、まともな文部科学大臣が就任することを期待しましょう。

衆院文部科学委員会で答弁する、萩生田光一文部科学相 ©︎AFLO

本来は公教育で英語が使えるようになるべきでは

 その辺のおっさんが好き勝手に放つ「地方に住んでる奴は英語なんてどうせ使わねえんだから、やりたい奴は身の丈で勉強しときゃいいんだよ」というレベルの与太話を、我が国では良い背広を着た担当大臣が堂々と喋ってしまうわけですから、なんて言論が自由で開かれた国なんだと思わずにはいられません。国民にも希望が持てますよね、こんな人でも大臣になれるなんて素晴らしい国じゃないかって。俺も大臣目指して頑張ろうって。

 もっとも、英語教育だけで見るならば、日本はタイやベトナムにも後塵を拝しています。いい歳してなお英語が喋れないので、セブ島やニュージーランドにそこそこのカネを払って英語を習いに行く日本人は後を絶ちません。もちろん、英語を喋りたい、英語でモノを読んだり書いたりしたいというニーズは神聖なので、勉強すること自体は素晴らしいと思うんですよ。ただ、本来は公教育で充分に英語が使えるようになるべきだ、だからこそ大学受験の科目にするのだ、というのは議論としてあります。

英語力ランキングでは88か国中49位とも

 思い返せば、1973年生まれの私もよく考えたら大学で思い立って留学するまではたいして英語が喋れず、仕事で英語を使う時期に一気に英語力が伸びたことを考えますと、語学というのは単に習うものではなく、必要に迫られて初めて習得するものだという感覚がありますよね。

©iStock.com

 翻って、いまや小学校でも英語教育が行われている現状がある割に、私たちは少なくとも6年間ないし8年間は英語を何らかのかたちで学んできたはずなのに、日常的な英語が使えるレベルにまで英語力のある日本人は少なく、一部の英語力ランキングでは88か国中49位と「英語力が低い」というご評価までいただいています。うるせえんだよ。もっとも、このEFランキングでは、その調査対象者は自分から無料のオンライン試験を受ける仕組みなので、実際の英語力はもっともっと低いかもしれません。