「懸垂なんて1回も出来なかった」
――なるほど、いくら音楽科職種といえども、他の陸上自衛官と同じような素養が求められている。
「我々も自衛官のひとりなので当然なのですが、でも入隊して最初の訓練が本当にキツかったんです。周りはつい昨日まで野球部だった、陸上部だった、柔道部だったという人たちばかりじゃないですか。それにひきかえ私はずっと音楽をやっていたからスポーツ経験なんてないわけで(笑)。訓練で走れと言われても周回遅れがあたりまえ。腕立て伏せもできないし、懸垂なんて1回も上がらなかった。最初は『ただぶら下がって筋力をつけるところからやれ』と言われました。いやいや、大変でしたね」
――どうやって乗り越えたのですか……。
「ひたすらやるしかないですよ。ただ周りの同期たちはできますからね。筋トレのやり方とか検定に受かるためのコツとか、そういうのを知っているんです。彼らに夜中までずっと付き合ってもらって訓練をして、入隊直後の検定は一番最後になんとか受かった(笑)。
あとは自衛官ですから、戦闘訓練もあるんです。実際に銃を手にして。大変ですけど、それを乗り越えるとひと回り成長できたような感覚が得られますね。それも今でこそ、の話で当時はただただ辛くて辛くて、耐えるだけ、でしたけれど(笑)」
「コンサートマスター」の仕事とは?
――そうした訓練が音楽隊での活動に生きているなと感じることもあるのでしょうか。
「訓練を共に乗り越えた仲間との絆というのはそこでしか得られないものですよね。音楽だけではなかなか味わえない。あとこれは年齢を重ねて思うことなのですが、自衛隊として行動するときには総合力が必要なんですよ。例えば前線で戦闘する部隊があれば、彼らをそこまで運ぶ部隊や道具を整備したり弾を運んだりする部隊もいる。そういういろんな力の、どれかひとつでも欠けていたらダメ。目的のために一致団結させて全員でことを運ぶ。人間関係の作り方といいますか、そこは普段の音楽隊の活動にも役に立つと思いますね」
――特に中央音楽隊は全国の音楽科職種の隊員が集まってくるところですから、一癖も二癖もある人が多そうですし……。
「レベルは高いですよね(笑)。だからひとつの曲の演奏にしてもみんなそれぞれの思いがあってやっている。そこをうまく調整して指揮者とも相談して方向性をひとつにしていくのが私のコンサートマスターとしての仕事です。そこでは訓練で経験してきたことも役に立っているのかな、と。あと自衛隊のすごいなと思ったところは、落伍者を出さないことですかね」