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雅子さま フリルで表現された「強さ」と、左側へ手を振り続けられた「アマチュア精神」

2019/11/20
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雅子さまの顔の向きがポイント

 パレードが始まってから感じたのが、雅子さまの「アマチュア精神」だ。「普通の感覚」と言い換えてもいいかもしれない。「皇室のルール」に染まり切らず、今もある普通の感覚。それが雅子さまの素晴らしさなのだ、とわかった。

 雅子さまの顔の向きがポイントだった。進行方向左側に座られた雅子さまは、ほぼずっと左側を向かれていた。一方、陛下はパレード中、左右を同じくらいの割合で向かれていた。雅子さまが右を向かれたのは、テレビで見る限り2、3度だけ。「ああ、雅子さまは目の前で起こっていることに感動しているのだな。それが雅子さまという人なのだな」。そう思った。

©文藝春秋

 少し話が戻るが、「即位礼正殿の儀」を見て驚いたことがある。高御座の中の陛下が、ほとんどまばたきをしていなかったのだ。雅子さまは御帳台で、何度もまばたきを繰り返されていた。一世一代の儀式でも動じることのない陛下に、天皇家に生まれ育つとはそういうことかと思い知らされた。同時に、雅子さまもそのような境地に至らなくてはならないのだとしたら、その道はたやすくはないなあと思ったりもした。

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 陛下は「皇室のルール」のようなものが、体に染み込んでいるのだと思う。だから「パレードで、左右に顔を向ける」という行為は、意識せずともできてしまう。その点、雅子さまは、皇室の長い長い歴史から見ればニューカマー。意識をして、初めてルール通りに動けるのだと勝手に拝察している。

©文藝春秋

 雅子さまも出発前は、「左右に目配りしよう」と思ったかもしれない。だが始まってみれば、目の前でたくさんの人が喜んでくれている。それを見て、感動されたのだろう。出発前に確認したルールは頭から消えて、夢中で目の前の人たちに応えた。

 そのように想像し、その雅子さまの感覚は皇室における「アマチュア精神」だと思った。とても好もしい「普通の感覚」で、雅子さまの「涙」もそこにあると思う。