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「嫁にいじめられている」母は“ウソ”を周囲に吹聴

 さらに問題なのが母のつく「ウソ」だ。父への虐待行為は母がしていたはずなのに、「息子がやった」と話が変わり、「でも私は責めたくない」などと寛容な自分を作り上げる。「息子夫婦が勝手にお金を使う」、「嫁にいじめられている」などと、ありもしない話を周囲に吹聴されるからたまらない。

「介護スタッフは事情がわかっているからうまく聞き流してくれるけど、近所や親戚はそうはいきません。兄や姉とはずっと疎遠になっていたのに、おふくろは勝手に連絡を取って僕ら夫婦の悪口を吹き込んでいるらしい。あの2人は親父の世話なんか一切していないのに、財産だけはほしいという人間。おふくろから聞かされるウソの話をこれ幸いとばかりに利用して、いずれ自分たちの権利を主張してくるでしょうね」

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 一年ほど前、啓治さんは危うく母を殴りかけたという。兄と姉の名前を挙げた母が、「血のつながりがなくたって、私のことを気の毒に思ってくれてありがたい。それに比べておまえは冷たいよ」、そう言ったことに思わずカッとなったのだ。

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 自身の生活を少なからず犠牲にし、心身の疲弊に耐えながら父を介護してきた息子を「冷たい」と見て、腹黒い兄と姉を持ち上げる母が許せない。それと同時に、なぜ母はこんなふうに変わってしまったのか、そんな思いも渦巻く。

いつになったら楽になれるんだろう

 あれほどの経験を重ね、痛みや苦しみを存分に知っているはずの母なのに、いったい何が理由でこれほど意地悪い人間になってしまったのか。懸命に両親を支えてきた自分たち夫婦への感謝もなく、それどころか傷つけ、貶めるような言動を繰り返す母が今さらながら「毒親」に思えてしまう。

「もしかしたらこれも認知症の症状かもしれないと、医者にも聞いてみたんです。そしたら確かにそういう状態はあると言われて、少しは気持ちも落ち着きました。ただ、それはそれでやっぱり複雑なんですよ。親父のことで大変な思いをしてきて、今度はおふくろがこんなで、いつになったら楽になれるんだろうと。『意地悪もウソも認知症の症状だから、ご家族で認めてあげましょう』なんて言われると、かえって見捨てられなくなるじゃないですか」

 啓治さんは再び日焼けした顔をゴシゴシとこすり、今度はふぅーっと深いため息をついた。

 大きくなったら必ずかあちゃんを幸せにしてやるぞ、幼心に抱いた決意は消えてはいない。周囲を振りまわす母がときおり見せる寂しげな表情に、かわいそうだなと心が揺れることもある。

 最近、母が「私の人生、なんにもしないで終わるんだろうね」、そうポツンとつぶやいた。

「なんにもしないってことはないだろう。家のために働いて、俺たちを育てて、親父の面倒だってみたじゃないか」と言うと、大粒の涙をこぼして弱々しくうなずく。

 いったい母のどの面を見ればいいのか、啓治さんの葛藤は尽きない。苦労した母への思慕、一方で自分たちの生活を壊そうとするかのような母への嫌悪が絡み合って、徒歩10分の実家への足取りはつい重くなるという。

※「ケース5」は11月24日公開です。

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石川 結貴

文藝春秋

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