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送迎車の中で大声を張り上げ、女性介護士に抱きつこうとする父

 安堵したのも束の間、父は他の利用者や介護スタッフとたびたびトラブルを起こす。デイサービスのレクリエーション中に補助具を振りまわしたり、送迎車の中で大声を張り上げて他の利用者を怖がらせる。入浴中に女性介護士に抱きつこうとしたこともあった。

 トラブルのたびに呼び出される啓治さんは平身低頭で謝るが、結局は利用を断られて別のデイサービスを探す羽目になる。

「もしかしたらすでに認知症がはじまっていたのかもしれません。ただ、元来が暴力的な人だったからこっちも医者に診せようとも思わず、次はどうしようかと悩むばかりです。今でこそケアマネ(ケアマネジャー=介護支援専門員)さんはかなりがんばってくれるけど、あのころは結構冷たかった。『デイ(サービス)は無理ですね、やっぱり家族で面倒みてはどうですか』みたいな感じで、途方に暮れることも多かったです」

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 要介護認定が下りて2年が過ぎたころ、父は肺炎になって3ヵ月近く入院する。これを機に認知症の症状が進み、「枕の下に毛虫がいる」、「廊下の向こうに墓地があるからお参りしたい」などと幻覚を訴えるようになった。

©iStock.com

 転院先として高齢者専門の精神科病院を紹介されたが、啓治さん夫婦が見学に行ってみるといかにも殺伐とした雰囲気だ。病室の中は隙間なくベッドが並び、生気なく横たわった患者たちが壁や天井の一点をボーッと見つめている。手足をしばられた状態で、「アーアー」と言葉にならない声を上げている人もいた。

「家族が切羽詰まってる状況なら、ああいう病院に入れても仕方ないと思います。でも僕らはなまじ親の近くに住んでいて、今までも介護をやってきたでしょ? 介護サービスだって使えるんだし、それなのにあの状態に追いやるのはさすがにどうだろうという気持ちでした。女房は反対だったし、おふくろも『先が長くないなら、できるだけ家で看てやりたい』と言うしね」

夜中の徘徊を防ぐと、雄叫びのような声をあげるように

 あらたに訪問介護や訪問診療の体制を整え、退院後の父を実家で介護することになった。昼間はヘルパーの助けを借りられるためずいぶん楽になったが、夜間は人手不足で頼めない。以前と同じように啓治さんが泊まり込んでいたが、ある夜のこと、物音で目を覚ますと父がいない。右半身のマヒに加え入院で体力が衰えた父は、家の中を歩くだけでも誰かの介助が必要だ。それがいったいどこへ行ったのか、すべての部屋を探しても姿が見当たらなかった。

 このころ、夜中に父が徘徊するようになった。短い距離だが、疲れると物陰でうずくまっていたりするため容易に見つけられない。啓治さんは窓やドアを工事して父の徘徊を防ぐことにしたが、今度は室内での思わぬ行動が生じる。

「一番多かったのは大声と大きな音を立てること、まるで動物の雄叫びみたいな声を何時間でも出すんです。夜中になると杖でベッド柵をガンガン叩いて、これも一晩中つづけたりしてね。おふくろも僕も眠れないし、近所からは苦情がくる。医者に相談して睡眠薬とかいろんな薬を使うことにしたんだけど、そのあとが大変でした」