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連載春日太一の木曜邦画劇場

まだ終わっていないぞ! 浪人中に叫びが聞こえた――春日太一の木曜邦画劇場

『誘拐』

2019/11/26
1997年作品(109分)/東宝/2500円(税抜)/レンタルあり

 テレビ東京は平日の昼下がりに「午後のロードショー」という番組を長年やっている。

 主にアクションやサスペンス映画、あるいはスティーブン・セガールの最新作といった洋画娯楽作品を放映している枠だ。筆者は子供の頃から大好きで、人生の一部のような存在になっている。

 つい先日も、そんな感じで習慣的にテレビ東京にチャンネルを合わせた。が、明らかにいつもと違う。日本映画をやっているのだ。そしてその作品は筆者にとって、とても思い入れの強い作品だった。いや、「かつて思い入れが強かったのだが、いつの間にかそのことを忘れていた作品」とした方が正確かもしれない。

 それが、今回取り上げる『誘拐』だ。渡哲也が主演したサスペンス大作である。

 ある大会社の重役が誘拐され、謎の犯人は現金三億円を要求してくる。しかも、要求はそれだけではなかった。受け渡し場所までグループ企業の重役が自ら走って運ぶこと、そしてその様子をテレビで中継すること――。

 衆人環視の中、身代金を抱えて走る重役。受け渡し場所はコロコロと変えられ、いつまでも走らされ続ける。そして、老いた身に三億円の現金の重量はあまりに苦しく、ついに倒れてしまう。後日、犯人はまた別の重役を指名し、その重役も途中で倒れる。付き添っていたベテランの刑事(渡)が代わって身代金を運ぶが、彼も力尽きてしまった。そして、身代金は犯人に巧妙に奪われてしまう――。

 本作は公開時に劇場で観た。銀座の目抜き通りを舞台にした、群衆を使っての大がかりな撮影、渡の必死の演技、木村大作のカメラの重厚感、そして終盤のどんでん返しと訪れる寂寥感。名画座でしか出会えなかった「迫力ある日本映画」に、ついに新作でも出会うことができた――。そう感じられて、とても興奮した。

 当時の筆者は二浪中。しかも今くらいの時期。本来なら受験に必死にならないといけないのだが、映画のことばかり考えていた。でも、映画を生業にするつもりはなかった。

 この年、萬屋錦之介、勝新太郎、三船敏郎が相次いで亡くなったこともあり、自分が好きな日本映画は完全に過去のものだという意識でいた。だから、映画はあくまで趣味で嗜むものと考えていた。

 そんな時に、本作と出会った。「俺たちは、まだ終わっていないぞ!」叫びがスクリーンから聞こえてきた気がした。映画の世界が、初めて人生の選択肢になった瞬間だった。

 その後、映画への憧れが薄れていく中で、そんな記憶も消えていた。それだけに、久しぶりに当時の熱さを思い出し、少し気恥ずかしくなった。

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