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2019/12/05

source : 週刊文春デジタル

genre : ニュース, 社会, 歴史

万世一系が強調されたのは明治以降

 明治になると、天皇は軍の大元帥を兼ねましたから、男でなければ駄目だと決められました。国家神道というものができたのも、明治です。それ以前は即位に際して仏教の儀式もあったのに、明治になってやめたのです。天皇は天照大神の子孫だというほうが迫力があるし、大陸から伝来した仏さまに守られてもありがたみがないからでしょう。天皇が神々の子孫であるという万世一系の物語は、明治になってから強調されるようになったのです。

本郷和人氏 ©文藝春秋

 このことからも、「男系を守ってきた」という説がフィクションだとわかります。染色体とかDNAというのは、言うまでもなく現代になって出てきた話です。

 宮中祭祀のために男性天皇が望ましかったという説も誤りです。かつてたくさんいた子どもの天皇では、祭祀は務まりません。むしろ、シャーマンは女性のほうがいい。卑弥呼や伊勢の斎宮や沖縄の聞得大君(きこえおおぎみ)など、神の言葉を伝えるのは主に女性の役目です。

過去にがんじがらめにならなくていい

 女性天皇が少なかった理由には、「高貴な女性の神聖性」もあるでしょう。「皇室の女性が一般の男性と交わるのは、神聖性が侵害されるからけしからん」という心理です。江戸時代には、13歳以上まで成長した皇女が50人いましたが、結婚したのは14人だけ。その大半が、皇族である従兄弟との結婚でした。ほかの皇女の多くは、尼になっています。

 秋篠宮眞子さまと小室圭さんのご婚約問題も、当初は「高貴な眞子さまの心を射止めた男はけしからん」という心理があったのだろうと思います。それで素性を調べてみたら、いろいろと問題が出てきた。かりに愛子さまが天皇になる場合も、「配偶者は持たないでください」とか「子どもを作らないでください」というのは無理です。となると、同じような「けしからん」問題が出てくることでしょう。

秋篠宮眞子さまと小室圭さんの会見 ©JMPA

 議論されている旧宮家の復活に関しては、平安時代の宇多天皇の例があります。光孝天皇の第7皇子だった宇多天皇は、臣籍降下して源定省(みなもとのさだみ)となりましたが、皇太子に指名されたため皇族に復帰し、即位しています。過去を調べれば、さまざまな先例があるものです。

「歴史」や「伝統」を重んじると主張する人たちの話も、明治維新から現代のことである例も多い。明治以来150年といいますが、日本には、はるかに長い歴史があるのです。

 その長い歴史を虚心坦懐に振り返っていえば、僕はむしろ、歴史にこだわる必要はないと考えます。過去にがんじがらめにならず、これからの天皇家を作ればいいのではないでしょうか。

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