ドラマ化もされて話題となった『わたし、定時で帰ります。』など、「仕事」をメインテーに作品を書きつづけている作家の朱野帰子さん。マーケティング会社に7年間在籍し、死ぬ気で働いたときの経験が、作品には大いに生かされているといいます。
会社員時代、科学好きゆえに感じてきた葛藤・共感・反論……、昨今の似非科学ブームについて、お話をうかがいました。
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――似非科学・疑似科学というものについて、小説で書こうと思われたきっかけは?
朱野 深海潜水調査船の副操縦士を主人公にした『海に降る』を書いて以来、科学者の知り合いが増えました。その中の一人、小谷太郎さんが書かれた『理系あるある』(幻冬舎新書)という本の〈疑似科学に厳しい〉という項が、非常に面白かったんです。〈科学に偽装された科学でない何ものかです〉〈疑似科学を見過ごせる理系の人はいない〉〈店先で告発が始まります〉とか、非科学的なものを許せない人がやってしまう行動がユーモラスに書いてありました。「あるある」と、自分が共感する場面がとても多かった。
私自身、血液型による性格判断の話を真剣にされると、つい「科学的根拠はない」などと言ってしまい、場の空気を悪くして、失敗したなと思ったことが何度かあります。
消費者はもっと危ない商品に行く
――大学卒業後、最初に勤められたマーケティングの会社での経験も、関係しているそうですね。
朱野 いわゆる似非科学と言われる商品も手がけましたが、それが科学的に正しい商品かどうかはそれほど意識していませんでした。そこに疑問を抱くのは私の仕事ではない。商品の特性や効能をいかに消費者に伝えて、更なる売り上げにつなげるか――それが仕事でしたから。
零細企業が行う訪問販売や通販などには、行きすぎた効果をうたったものや、安全性の低い商品も多い。法外な値段だったり、身体に害を及ぼしたりするものもある。それに対して、大手企業の商品は薬事法を守るし、安全性テストもきっちりやります。自分たちの売る商品は本物の科学ではないかもしれない。でもこの商品がなければ、消費者はもっと危ない商品に行くという感覚もありました。実際にそういう側面もあると思います。