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「彼と私は思考パターンが違うんです」ノーベル化学賞・吉野彰が語る“大発明の舞台裏”

海外と日本の間で交わされたキャッチボールが結実した

2019/11/13

 10月24日の朝、日比谷の旭化成本社を訪ねた。リチウムイオン電池開発の功績により今年のノーベル化学賞受賞が決まった吉野彰氏を取材するためである。吉野氏を取材するのは、今回が2回目。1回目は2年前で、当時の旭化成は神保町に本社を構えていた。現在は東京ミッドタウン日比谷に居を移している。

 移転後の旭化成を取材するのは初めてだが、筆者は同社と階を接する別の会社の仕事を請け負っている都合上、旭化成本社の受付があるビル9階にはなじみがある。

 元々人通りの多い場所だが、その朝は特に多く、受付近くで談笑する人々の姿から、吉野氏の快挙の余韻が2週間後でも残っているように思われた。

ノーベル賞を祝う垂れ幕もディスプレイもない

 少々意外だったのは、受付近くのどこにもノーベル賞受賞を祝う垂れ幕もディスプレイもなかったことである。近年、日本人ノーベル賞受賞者が立てつづけに輩出されており、受賞者がいる大学や公的研究施設などに行くと「○○先生、ノーベル賞受賞おめでとうございます」という大きな垂れ幕をよく見かけていた。旭化成でも似たような掲示があるだろうと思ったら、なかったのである。

吉野彰さん ©文藝春秋

 ビル9階の受付を通ると、もう一度、社内にも受付がある。そこには所狭しと豪華な贈答花が並んでおり、お祝いムードを感じた。ただし、受付スペースのどこにも吉野氏のノーベル賞受賞決定を明示するものは見当たらない。もちろんこの時期に、何を祝う花か一見してわからない人は少ないはずだが、ちょっと抑制しすぎではないかと思われる。後日、旭化成広報部に確認したところ、「特別な掲示はしていません。弊社ではなく社員個人が受賞したものなので、線引きしています。ホームページでリリースを出したくらいです」とのことだった。

 取材場所となる来賓室に移動する道すがら、ふと思いついて、広報の方に「受付にあったのは企業からのお祝いの花ばかりでしたが、個人から贈られた花もありますか?」と聞いてみた。

何気ない一言に込められた自負

 リチウムイオン電池は、スマホ、ノートパソコン、あるいは心臓のペースメーカーなど、我々の生活の隅々まで普及して、もはやそれなしの生活は想像もできないくらいである。筆者など最近、4年ぶりにスマホを買い換えたが、新機種に対して、機能面の進化よりも、バッテリー持ちの良さにはるかに大きなメリットを感じ、「吉野さん、ありがとう!」と思った。今回の受賞決定を機に同じように吉野氏に感謝する人が日本中にいてもおかしくない。

©文藝春秋

 広報の方は、さすがに花は贈られてこないものの、一般の人からもお祝いの手紙などが届いていると言い、さらにこう付け加えた。「今回の成果は、一般の人にもわかりやすいですからね」