「人工宇宙の創造」に挑む科学者たちを通して、宇宙物理学の最先端を描く『ユニバース2.0 実験室で宇宙を創造する』が発売され、話題を呼んでいる。果たしてそんなことが本当に可能なのか? 研究の第一人者であり、同書にも登場する坂井伸之教授(山口大学大学院創成科学研究科)による解説の全文を、特別公開!

◆◆◆

 実験室で宇宙を創造する――。この一見すると突拍子もないアイディアに私が初めて出会ったのは、1990年のことでした。当時大学院の1年生だった私は、指導教員の前田恵一先生から与えられたテーマについて関連論文を調べ、そこでブラウ、グエンデルマン、グースの1987年の論文を手に取りました。本書では第6章で詳しく述べられているこの論文は、「実験室で宇宙を創造する」というアイディアを初めて世に送り出した、画期的なものでした。

©iStock.com

 本書でも度々「神」という言葉が出てきますが、もしも本当に新たな宇宙を作ることに成功したら、それこそ私たち自身がその世界の「神」の役割を果たすことになる……。そんな壮大なアイディアに、まずは理屈抜きに「面白そうだ」と感じ、気付けば私も一研究者としてこのテーマにのめり込んでいきました。

ADVERTISEMENT

宇宙はどのようにして誕生したのか?

 人間の手で新たな宇宙を作るという研究は、そもそも「私たちが住むこの宇宙は、どのようにして誕生したのか」という謎と向き合う中で浮かび上がってきたテーマです。20世紀以降、世界中の物理学者たちがこの難問に挑んできました。そして、その答えとして、非常に説得力のある1つの理論を作り上げました。それが、本書のキーワードでもある「インフレーション理論」です。

 しかし、宇宙の誕生というと、「ビッグバン理論」のほうが聞き馴染みがあるかもしれません。現在、宇宙は膨張を続けていますが、その時間をどんどん巻き戻していくと、すべての物質とエネルギーが1つの点に凝縮されていた、始まりの瞬間があったと考えられます。想像もできないほど高温・高密度だったその点があるとき大爆発を起こしたことで、今の宇宙が生まれた――というのが、ビッグバン理論の主な内容です。

©iStock.com

「ビッグバン理論」では説明できない3つの難問

 ビッグバン理論は、現在ではほとんど“常識”になりつつありますが、宇宙の膨張が実際に観測される1930年頃までは、多くの科学者は「宇宙は膨張も縮小もしない、静的なものである」と考えていました。アインシュタインでさえも、自身が導いた方程式から「宇宙は膨張する」との結果が出てくることが信じられず、膨張を“止める”ために宇宙定数という項を方程式に入れ込んだのも、有名な話です。

 しかしその後、このビッグバン理論をもってしても、説明のつかない重要な問題がいくつか見つかりました。なかでも、本書で「宇宙論の3大問題」として語られている「平坦性問題」「地平線問題」「磁気単極子問題」の3つは、物理学者たちの頭を悩ませました。そのうちの1つ、「磁気単極子問題」について、簡単に説明しましょう。