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実験室で宇宙を創造する! 世界注目の日本人物理学者が語る“一大プロジェクト”の最前線

『ユニバース2.0』(文藝春秋)より解説を特別公開!

2019/07/28
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なぜか1つも見つからない磁気単極子

 私たちが普段目にしている磁石は、一方がN極、もう一方がS極となった磁気“双”極子です。その磁石を真ん中で切り分けたとしても、やはり一方がN極、一方がS極となった小さな磁気双極子が2つできるだけなのですが、それに対し、N極だけ、あるいはS極だけという、一方の磁荷のみを持つ粒子を磁気“単”極子と呼びます。

 とはいえ、ノーベル賞受賞者でもあるポール・ディラックによって提唱されたこの粒子は、実は未だに1つも見つかっていません。この、1つも見つかっていないという事態が、物理学者たちにとっては大問題でした。それは、第3章でも説明されている通り、大統一理論(初期宇宙では、電磁力、弱い力、強い力は1つの統一された力だったとする理論)が正しければ、磁気単極子は必ず存在しなければならないと考えられるからです。

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 しかも計算上は、ビッグバン直後には大量の磁気単極子が作られたはずなのに、宇宙をどれだけ見渡しても、ただの1つも見つからないというのは、一体どういうことなのだろうか――。

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インフレーション理論がすべてを解決した

 この謎の解決策として登場したのが、インフレーション理論です。1981年に佐藤勝彦とアラン・グースによってそれぞれ独立に提唱されたこの理論は、誕生直後の極めて短い時間に、高エネルギー状態の真空(偽の真空)から最低エネルギー状態の真空(真の真空)に相転移する過程で、宇宙は指数関数的な膨張を遂げたとするものです。グースの計算によれば、10の-35乗秒という一瞬のうちに、宇宙の体積は2の100乗倍もの大きさに膨らんだとされます。

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 誕生直後には数多く存在していたと考えられる磁気単極子も、この激烈な膨張によって広大な宇宙のあちこちに散り散りになったとすれば、現在私たちが観測できる範囲内で1つも見つからない理由も納得ができます。インフレーション理論はこうして「磁気単極子問題」を片付けただけではなく、その他の「平坦性問題」「地平線問題」も一気に解決してしまったため、「ビッグバン理論」を補う非常に有力な説として、多くの研究者に受け入れられることになりました。

 そして、このインフレーション理論をもとに生まれたのが、本書のテーマである「実験室で宇宙を創造する」というアイディアです。第8章では、2006年に私が共同研究者とともに発表した論文が、このテーマの「最後のピースをはめ込んだ」と紹介されています。それはどういう意味なのか――本研究の経緯を主要な論文ごとにまとめながら、説明しましょう。