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実験室で宇宙を創造する! 世界注目の日本人物理学者が語る“一大プロジェクト”の最前線

『ユニバース2.0』(文藝春秋)より解説を特別公開!

2019/07/28
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では、磁気単極子はどこにあるのか?

 それでは、今すぐに宇宙を作ることができるのか――。そう聞かれると、残念ながら答えはノーです。まだ解決すべき問題は、大きく分けて3つ残っています。

 1つ目は、そもそも磁気単極子を用意しなくてはならないという点です。理論上は存在が予想されているものの、未だに1つも見つかっていないこの粒子を、どこから見つけ出せば良いのか。本書では宇宙から飛んできた磁気単極子を見つけるべく、深海から引き上げた石や貝殻を探索したり、さらには月の石を調べたりといった試みが紹介されていますが、私もやはり、宇宙から飛んできた磁気単極子を捕まえる、というのが一番現実的な方法ではないかと思います。

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 2つ目は、磁気単極子がインフレーションを起こす条件、すなわち高エネルギーの状況を作り出さなければならない点です。そのような状況を人工的に作り出す、ということであれば、既存のものよりさらに強力な加速器を製作する必要があるでしょう。

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量子トンネリングなしでも宇宙創造は可能だが……

 今後、どこかの時点で運良く磁気単極子が見つかり、強力な加速器も用意できた――となれば、いよいよ人工宇宙の作成が現実となります。しかし、ここで3つ目のハードルが現れます。それは、実験室で作った宇宙をいかに観測するか、という問題です。

 実は、先程紹介した(6)の論文では、私たちも予想していなかった成果として、量子トンネリングなしでも、磁気単極子からインフレーション宇宙ができる、という驚くべき結果が示されました。量子的プロセスを経ないで済むため、こちらの方が宇宙創造の可能性はぐっと高くなります。グエンデルマンなど、実験室での宇宙創造を研究する他の科学者からは、むしろこの結果の方が大きな注目を集めました。

 ただし、量子トンネリングなしで創造する場合、新宇宙は観測者がいるところから地平線(事象地平)を越えた未来の世界で生まれることになります。すると、観測者は地平線を越えて新たな宇宙を見にいくこと自体は不可能でないものの、そこへ行ったら最後、元の世界に戻ることはできません。そのため、「観測できる宇宙」を創造するという点では、やはり量子トンネリングの力を借りなければならないというのが現状です。

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人工宇宙とブラックホールを見分けることはできない

 とはいえ、理論上は、人工宇宙と普通のブラックホールを外から見分けることはできず、さらには新しくできた宇宙を取り囲むブラックホール(本書で言うところの「ベビーユニバースとわたしたちの時空をつなぐワームホール」)は極めて短い時間で消滅してしまうことがわかっています。

 第9章にもある通り、ブラックホールが発するホーキング放射を観測することで区別できる可能性はあります。ただ、実際に宇宙ができたとしても「普通のブラックホールとはちょっと違うシグナルが感知できました」という程度では、「新たな宇宙を創造した」という決定的な証拠にはなりえず、なにより達成感や感動もあまり得られないでしょう。この「どのように観測するか」という問題は、最後の難関として私たちの前に立ちはだかっているのです。