「特異点」をいかに回避するか?
(1)1982年(佐藤・小玉・佐々木・前田):この論文で、「ある大きさ以上の偽真空泡があると、それはインフレーション宇宙になり、周りからはブラックホールに見える」ことが示されました。この論文が「実験室で宇宙を創造する」最初の扉を開いたと言えます。とはいえ、この段階ではまだ、論文内の議論は初期宇宙に関するものに終始していました。
(2)1987年(ブラウ・グエンデルマン・グース):大まかな議論に終わっていた(1)の内容を、アインシュタイン方程式を解いて具体的に示し、インフレーション宇宙ができる正確な条件を求めたのがこの論文です。そして冒頭でも述べたとおり、本論文で特に重要なのは、「実験室で宇宙を創造する」という大胆なテーマを初めて設定したところにあります。
しかし、この論文は、インフレーションになる宇宙は「特異点」から始まらなければならない、としたところに大きな問題を抱えていました。ブラックホールができると、その中心に特異点ができます。このように特異点が“できる”プロセスは理論的にも説明がつくのですが、そもそもすべての始まり、すなわち出発点に特異点が“ある”というのは、理論的には破綻していて、説明ができないのです。この特異点をいかに回避するか、というのが、宇宙創造の次の課題になりました。
古典物理学では超えられなかった壁の“抜け道”があった
(3)1990年(フィッシャー他/ファーヒ他):この2つのグループはほぼ同時に、(2)で課題となっていた特異点の問題を、量子トンネリング(量子トンネル効果)を用いて回避する方法を示しました。古典物理学ではどうしても超えられなかった壁の“抜け道”が、量子論を用いることで見つかったのです。ただし、この論文にも弱点がありました。それは、すぐに潰れる性質の偽真空泡を用意しながら、それが潰れずにいるごくわずかな時間で量子トンネリングを起こさなければ、インフレーション宇宙はできないとした点です。
確率はゼロではありませんが、そんな一瞬の間に都合よく量子トンネリングが起きる可能性は極めて小さく、現実的なものとは言えませんでした。そこで、次に求められたのは、量子トンネリングが起きるまで、偽真空泡よりも十分に長い時間、安定した状態で待っていられる“何か”でした。
(4)1994年(ビレンキン/リンデ):これまでの流れとは少し変わって、ビレンキンとリンデはそれぞれの論文で独立に、通常は粒子であると考えられる磁気単極子が非常にエネルギーの高い状況に置かれると、インフレーションを起こして宇宙になることを示しました。ただし、(1)の論文と同様に、この段階ではあくまで初期宇宙の条件としての議論であり、実験室で宇宙を創造する、というテーマ設定がなされていたわけではありませんでした。
磁気単極子を使って宇宙を作る方法
(5)1996年(坂井):ビレンキンとリンデによる(4)は大まかな議論に終わっていたので、この論文で私は実際にアインシュタイン方程式を解いて、「磁気単極子がインフレーションを起こして宇宙になる」ことを証明しました。そしてこの結果から、「磁気単極子を使えば、実験室で宇宙を作ることができるのではないか」と考え始めました。
すでに(3)の時点で、偽真空泡と量子トンネリングによってインフレーション宇宙ができることは示されていましたが、そこには「偽真空泡は一瞬で潰れてしまう」という弱点がありました。しかし、磁気単極子はもともと粒子なので、静的な状態でじっと置いておくことができるはずです。そうすれば、量子トンネリングが起こる確率は格段に高まるのではないか――と考えたのです。
(6)2006年(坂井・中尾・石原・小林): そのアイディアを具体的に示したのが、この論文です。私たちは、高エネルギー条件下に置かれた磁気単極子が、量子トンネリングによってインフレーション宇宙になることを示しました。不安定な偽真空泡ではなく、安定的な磁気単極子からも宇宙が作れることが証明され、これで宇宙創造に向けた「最後のピース」がはまったのです。