なぜ人は似非科学的なものに惹かれるのだろう
――おもにどのような商品を扱っていたんですか?
朱野 美容・健康系の担当でした。雑誌を沢山読んでトレンドを探すんですが、当時流行っていたのは、「貴金属を摂取するとデトックス効果がある」というものでした。エステの広告には「金糸を肌の中に縫い込む」という明らかに危なそうなものもありました。
ただ、商品評価の場で、消費者モニターから「怪しくて値段の高いものの方が効果あるように見える」と言われたことがありました。さすがに愕然としましたし、なぜ人は似非科学的なものに惹かれるのだろう、と考え始めたのはその時です。
マイナスイオンや、水素水は効果もなければ害もありません。あったら市販できないはずです。ですが、そういう他愛もない似非科学商品を疑問もなく受け入れていった結果、出産や病気という重大な局面で誤った治療を選択してしまうことになる。似非科学を信じる人が家族に一人でもいれば、失わなくていいお金を失ったり、治療を遅らせてしまったり、その結果、家族の間を裂いてしまったりもします。そして、自分もその流れに加担していたのかもしれない。
「賢い人物」側に立った気分になる
――似非科学商品を作る側、それを真っ向から否定する側。朱野さんの小説にも両方の立場の人が描かれています。
朱野 小説の主人公は科学オタクの電器メーカー社員です。似非科学を信じる人や、似非科学商品を作る人を一方的に断罪するキャラクターです。ただ、SNS上ならそれでいいかもしれないけど、現実はそんな単純ではない。似非商品が生まれる背景には、企業、消費者、医療者、科学者などたくさんの立場の人の仕事や生活が複雑に絡みあっています。
だから主人公は悩みます。本の帯に「自分の主義に反するものをあなたは売れますか?」という読者への問いかけを書きました。似非科学に限らず、会社で消費者向けの商品を作る会社員であれば、誰もが一度は抱いたことのあるジレンマなのではないかと思ったからです。
ではどうすれば似非科学商品は無くなるのか。この小説を書く前に、似非科学を糾弾する本をいくつか読みました。全てがそうではないですが、賢い人物が無知な人物に教え諭すという構図のものを読んだ時、なんだか苦しくなりました。似非科学を信じる人たちのことを嘆く時、自分も「賢い人物」側に立った気分になることに気づいたからです。
SNSでも似非科学がなぜ悪いのかを論理的に説明し、上から説教するような投稿をよく見かけます。善かれと思っての行動だとしても、そのやり方はあまり意味がないと感じています。さっきも言いましたが、問題はもっと複雑だからです。