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「いままで宇宙ステーションに守られていたんだな」ひとりぼっちで宇宙に出た時に感じたこと

足下には地球だけがあった――船外活動で宇宙飛行士・星出彰彦さんが目にした「漆黒の闇」

2019/11/30

genre : ライフ, , 読書

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 1990年、日本人が初めて宇宙に飛び立ってから約30年。これまでで合計12人の日本人が宇宙飛行を経験し、地球をこの星の「外」から眺めてきた。歴代すべての日本人宇宙飛行士への取材を行い、彼らの体験を一冊にまとめた『宇宙から帰ってきた日本人』が発売中だ。今回はEVA(船外活動)で宇宙飛行士を待っている光景について!

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宇宙空間へ実際に飛び出して作業を行なう船外活動(EVA)

 宇宙飛行士が語る宇宙の印象の多くは、国際宇宙ステーション(ISS)やスペースシャトルの船内から眺めた様子についてのものだ。だが、もう一つの宇宙体験として、宇宙空間へ実際に飛び出して作業を行なう船外活動(EVA)がある。

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 宇宙空間へ飛び出して作業を行なうこのEVAは、宇宙船内に滞在するのと比べて全く異なるインパクトを生じさせる体験だという。

 1999年に宇宙開発事業団(現・JAXA)の宇宙飛行士に選出された星出彰彦は、2度目のミッションとなる2012年8月30日、日本人として3人目となる船外活動を行なった人物だ。2020年に3度目の飛行が決定している彼は現在、若田光一に続くコマンダーになることが予定されている。現在はヒューストンのNASAにいる彼とは、JAXAの東京事務所でテレビ電話による取材を行なった。2012年のミッションにおいて、星出は合計3度のEVAを経験した。そのなかで彼が最も印象的だったと語るのは、最初のEVAのときのものだ。

ロボットアームの先端に足を固定し宇宙空間を移動

 その日、彼らに与えられた任務は、ISSへ新しいモジュールを設置する準備としての電力ケーブルの設置、およびMBSU(Main Bus Switching Unit)と呼ばれる電力切替装置を交換する作業だった。このミッションで星出は、ロボットアームに乗って宇宙空間を移動した。

EVA中、アームで移動する星出彰彦 ©JAXA/NASA

 EVAでは、モジュールの外壁の手すりをたどって移動するのが一般的だ。しかし、その作業では小型の冷蔵庫ほどの大きさのMBSUを両手で持ち運ぶため、ロボットアームの先端に足を固定し、取り付け場所まで移動したのである。

 このとき、エアロックのハッチから宇宙空間にふわりと出た彼は、初めての船外活動を楽しむ余裕はまだなかった。これからの仕事のことで頭がいっぱいで、手順を何度もシミュレーションしては、二つ先、三つ先の作業に対する心の準備をしていたからだ。よって最初はISSの外に出たことに対して、何らかの内的な感情を意識することはなかった。MBSUの交換作業を始めてもそうだった。

「そもそも大きな装置をしっかり持たなければならないので、ロボットアームの先端に乗って移動しているときも装置が視界を塞いでしまっていたんです。それで周囲の光景も眺められませんでした」

目の前に何にも遮られていない宇宙と、足下に地球があった

EVA中、移動する宇宙飛行士たち ©JAXA/NASA

 だが、ロボットアームによってゆっくり移動していくと、彼の身体はじきにISSの先端部分を越えた。MBSUの装置を抱えたままの彼は、視界の横に「きぼう」の船内実験室の前方部分を捉えた。「あれ?『きぼう』の前側が見えるということは、自分はそれより前にいるんだ」と、彼は思った。そのとき全ての構造物は自分の後ろ側にあり、前を遮るものがMBSUの装置だけとなっていることに、彼は気付いたのである。

 そこで装置を少しどかして周りの様子を見ると――。

「目の前に何にも遮られていない宇宙と、足下に地球があったんです。そのとき見た光景を、私はいまだに言葉にできていません。私は3回、船外活動を行ないましたが、そのまさに1度目のときに、ロボットアームの先端に乗って、宇宙ステーションのいちばん前に出て、何にも遮られない状態で宇宙と地球を見たんです。宇宙ステーションの構造物は全て後ろにあって視界に入らない状態。あの場所から宇宙と地球を見ていたのは、ほんの数分に過ぎないと思いますが、本当に無言にならざるを得ない美しさを感じました」

「自分はいままで宇宙ステーションに守られていたんだな」

 星出はISSの外から視界いっぱいに広がる宇宙と地球を見ながら、「自分はいままで宇宙ステーションに守られていたんだな」と強く実感したという。星出の1度目のフライトのときは、ISSにまだキューポラは取り付けられていなかった。地球を眺めるのにちょうど良い位置にある窓はほとんどなく、星出が他のクルーとかわるがわる地球を見るために覗き込んだのは、実験室である「きぼう」の窓だった。

 ミッションの終わり頃になると、星出はその「特等席」に寝袋を括り付け、美しく輝いている地球を寝る前の時間帯に眺めた。そうして「そろそろ寝ようかな」と思ってシャッターを閉めるまで、次々と移り変わる地球の姿に見惚れていた。