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連載昭和の35大事件

殺された大将は「機関銃94発が命中していた」 担当検事が振り返る、残忍すぎた二・二六事件とは

陸軍上層部の「事勿れ主義」が見過ごした“クーデターの兆候”

2019/12/01

 この告示の案文は、軍事参議官の荒木貞夫大将がその席におった軍事調査部長の山下奉文少将に口授して筆記せしめたのである。

 その文言は

「陸軍大臣ヨリ
 一、蹶起ノ趣旨ニ就テハ天聴ニ達セラレタリ
 二、諸子ノ行動ハ国体顕現ノ至情ニ基クモノト認ム
 三、国体ノ真姿顕現ノ現況(弊風ヲモ含ム)ニ就テハ恐懼ニ堪ヘス
 四、軍事参議官モ一致シテ右ノ趣旨ニヨリ邁進スルコトヲ申合セタリ
 五、之レ以外ハ一ニ大御心ニ俟ツ
 というのである。
(註) 右側傍線の部分は、次に述べるが、後になって訂正されたのである。
警備司令官の香椎浩平中将もその席におって山下少将の傍でこれを筆記したのである。

引上げるように説得させる考え

 軍事参議官一同の意向としては、山下少将は平素から叛軍の幹部である青年将校連からも好感を持たれておったので、同少将にこの「陸軍大臣告示」を持たせて叛軍の占拠しておる陸軍官邸に赴かしめ、叛軍の幹部連にこの告示を示して、陸相や軍事参議官一同もこの通り汝らの蹶起の趣旨はよく了解しておるのであって、決して犬死させないから一応占拠地から原隊に引上げるように、といって説得させる考えであったのである。

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事件発生時の軍人会館前 ©文藝春秋

 ところが、香椎警備司令官としては、職責上この告示を少しでも早く叛軍に伝えて之を鎮撫したいとの一念から直ちに警備司令部に電話して参謀長の安井藤治少将にこの告示を筆記させこれを隷下の師団長に通達し叛軍に伝達させようとしたのである。そこで、安井参謀長は部下に命じてこれを謄写に付し、近衛師団長の橋本虎之助中将と第一師団長の堀悌吉中将とに通達しこれを叛軍に伝達して鎮撫するよう命じたのである。

自分らに都合のよいように利用した

 橋本近衛師団長はこの告示を見て少しく疑義を抱いたのでこれを隷下に伝達せずに握り潰してしまったのである。

 掘第一師団長は忠実にこれを叛軍に伝達したのであるが、叛軍側はこれを以て奇貨措くべしとして、この告示を自分らに都合のよいように宣伝の具に使い彼等の蹶起を正当化する手段に利用したのである。

新橋から避難する人々 ©文藝春秋

 然るに、香椎警備司令官がこの告示を安井参謀長に電話した後で又々軍事参議官会議において「この告示の字句訂正」の議が起り、そのため前述の「告示」の文言の内の傍線を付しておいた部分が次の通りに訂正されたのである。

 その文言は

「陸軍大臣ヨリ
  諸子蹶起ノ趣旨ハ天聴ニ達シアリ
  諸子ノ真意ハ国体顕現ノ至情ヨリ出テタルモノト認ム
  国体ノ真姿顕現ノ現況ニ就テハ我々モ恐懼ニ堪ヘサルモノアリ
  軍事参議官一同ハ国体顕現ノ上ニ一層匪躬ノ誠ヲ致スヘク
  其以上ハ一ニ大御心ヲ本トスヘキモノナリ
一、    以上ハ宮中ニ於テ軍事参議官一同相会シ陸軍長老ノ意見トシテ確立シタルモノニシテ閣僚モ亦一致協力益々国体ノ真姿顕現ニ努力スヘク申し合ハセタリ」

 というのである。