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『クレイジージャーニー』ヤラセ問題 ディレクターはなぜ“一線”を超えてしまったのか?

私たちは「ヤラセ」から生まれた「リアル」を目撃した

2019/12/04
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 もう一つ、ディレクターにとって、事前準備は「事実の再現」と考えることもできた。なぜなら生物を現地で事前に準備できるということは、現実にその生物が現地に存在している証拠になるからだ。事実として存在する生物を事前準備で「再現」して、加藤さんの最高のリアルを撮影し、視聴者を楽しませる。

 すべては、「視聴者が見たいものは何か」。想定した視聴者の欲求に純粋になったがゆえにたどり着いた行為だった。

バラエティー番組をつくりあげる“虚構”

 しかし、この考え方には重要なリスクへの配慮が抜け落ちていた。事前準備が発覚したとき、出演者と視聴者の信頼を傷つけるというリスクだ。

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「基本的にバラエティー番組は、制作者と出演者が協力してある種の『虚構』をつくりあげ、それに視聴者が安心して身をゆだね、楽しむという、二重の了解の上に成り立つ」
BPO、フジテレビ『ほこ×たて』「ラジコンカー対決」 に関する意見(2014年4月1日)より

フジテレビ『ほこ×たて』「ラジコンカー対決」 に関する意見 BPO

 番組が紹介した加藤さんは、素手で爬虫類を捕まえるクレイジーな「趣味」を持つ人ではなく、爬虫類のクレイジーな「学者」だった。もし加藤さんがロケ中に捕獲した事象を元に本を書いたり研究を行っていたとしたら、生物の事前準備は爬虫類学者としての彼の信頼性まで損ねる行為だ。加藤さんの学者としての立ち位置が疑われるようなら、視聴者も「安心して身をゆだね」信頼して番組を楽しめない。そうなると、番組で取材した他のクレイジージャーニーたちの研究・体験まで怪しくなる。

「見つからなかったので、スタッフが用意した生物を放ってみました」

 もしこんなナレーションをつけて事前準備を公表していれば、生物がめったに見つからない絶滅寸前の現実も表現でき、捕獲の面白さと研究の信頼性もキープできたのではないか。もしくは、爬虫類をただ素手で捕獲するための海外ロケをしたと言えば、もっと自然に事前準備を公表できただろう。

 BPOはバラエティー番組がある種の虚構であることを認めている。しかし、視聴者が「嘘ではない」と信じている箇所に嘘がないからこそ、ある種の虚構で番組は成立できる。視聴者が信じていた「爬虫類学者としての加藤さん」に疑いの目を向けかねない演出は、制作者として許されない行為だ。