お江戸妖怪ファンタジー「しゃばけ」シリーズや、町名主の息子を主人公に市井の人々の営みを描く「まんまこと」シリーズなど、ほのぼのとした中にも、人の悲しみとそれに立ち向かう強さを描いてきた畠中恵。新刊『わが殿』は、そんな畠中恵がデビュー19年目にして初めて挑む、真正面からの歴史小説であり、そしてなんと著者初の電子書籍同時刊行作品である。電子書籍派の皆さんお待たせしました、畠中恵が来ましたよ!
舞台は越前の大野藩。天保の大飢饉がようやく山を越えた天保8年(1837年)、若き藩主・土井利忠は、側仕えの大小姓・内山七郎右衛門に「藩政の改革を、断行する時が来た」と告げる。ありていに言えば、借金に喘ぐ藩の財政の立て直しだ。本書は、政策の中核に据えられた七郎右衛門がその知恵を駆使して藩の赤字を減らし、ついには当時としては極めて珍しい黒字の藩を作り上げるまでの物語である──と簡単に書いたが、いやはや、これがとんでもない話なのだ。
幕末はどの藩もお金には苦労していたが、大野藩の財政赤字は莫大だった。なんせ藩の歳入が1万2000両に満たないところに、借金は9万両! さらに利息は年1万両! え、それって利子の支払いだけで歳入の8割以上が消えるってこと? 参勤交代の費用にすら困ってるって、それすでに破綻してるんじゃ?
ここからの七郎右衛門の発想とその実行力がすごい。藩内にある銅山を半ば博打のような手で再開発。利子の低い金主への乗り換えの交渉。殿様は殿様で、自分を含め全藩士に、毎日食べるぶんの米しか禄を出さないという尋常じゃない経費削減に打って出た。さらに不正に手を染めていた藩士を一掃した。それでようやく一息つけるかと思いきや、殿が藩校を作ると言い出す。江戸藩邸が火事で焼けたから建て直すと言う。軍隊を洋式にすると言い出す。船を作ると言い出す。ちょっと待てこら、それも俺がぜんぶ工面すんの?