昭和最後の年を舞台に、広島抗争を彷彿させるヤクザの〈仁義なき戦い〉と警察小説を見事に融合させた『孤狼の血』。日本推理作家協会賞を受賞し、映画の公開も間近で話題を呼んでいる。本書はそれに続くシリーズ第二弾だ。
平成二年、前作で広島県警呉原(くれはら)東署暴力団係として鮮烈な印象を残した日岡秀一巡査は、僻地の駐在所勤務になっている。懲罰人事だ。何の刺激もない毎日に倦(う)んでいたとき、日岡は偶然、指名手配中のヤクザ・国光寛郎と出会った。ところが国光は、まだやることが残っているので時間が欲しいと日岡に告げる。それが済んだら日岡に手錠を嵌(は)めてもらうから、と。
後日、国光はゴルフ場開発の工事責任者・吉岡として再び日岡の前に姿を現した。いつでも逮捕できると踏んだ日岡は、そのまま国光を泳がせるが……。
住人皆が顔なじみという牧歌的な田舎が舞台ではあるが、その背後ではヤクザ同士の命をとったとられたの闘いがヒートアップしている。そんな中で国光が何をしようとしているのか。日岡はそれにどうかかわるのか。先を知りたくてどんどんページをめくった。
前作が広島抗争なら、今度は暴対法成立前夜の山一抗争がモデルだ。そして国光寛郎の造形は当時の実在人物からインスパイアされたものだという。
この国光が実に魅力的なのだ。筋を通し、決して信念を曲げない強さ。私利私欲ではなく、義を貫く姿。ヤクザなのだから決して正義ではない。だが、仁義である。そこに痺れる。
この〈正義と仁義〉というのが本書のテーマだ。正義とは何か。仁義とは何なのか。国光は作中で、敵対組織の幹部を殺したのはヤクザとしてやらなければならない当然のことだが、亡くなった人たちの冥福は祈る、と語る。それが仁義というものだと。
日岡も正義と仁義の間で揺れ、ある決心をする。その決意が行動として発揮されるクライマックスは興奮の一言。日岡は前作で大上という個性的な刑事と出会い、本書では国光と出会うことで、それぞれから大きな影響を受け、変わっていく。このシリーズは日岡の成長物語でもあるのだ。本書単体で読んでも十分楽しめるが、彼の変化を味わうためにも、ぜひ前作と併せてお読みいただきたい。
そうそう、各章の冒頭に載せられている週刊誌の記事にも注目。読者に届く報道は、決してすべてを伝えるものではないという皮肉がここにある。見えない部分にこそドラマがある。柚月裕子は、その見えないドラマを紡いでいるのだ。
ゆづきゆうこ/1968年岩手県出身。2008年『臨床真理』で第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。13年『検事の本懐』で第15回大藪春彦賞、16年『孤狼の血』で第69回日本推理作家協会賞を受賞。近著に『あしたの君へ』『盤上の向日葵』など。
おおやひろこ/1964年生まれ。名古屋市在住、中日ファンの書評家。著書に『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』等。