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「今年5月まで中国共産党のスパイだった」――世界で波紋を呼ぶ27歳の“告白”は、どこまで真実なのか

元スパイ・王立強の亡命を読み解くインテリジェンスレポート #1

2019/12/03
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美大生からスパイとして“就職”

 王立強とはどんな男なのか。

 1992年、福建省北西部の光沢県に一般的な中国共産党員の息子として出生した王は、幼少時から絵を描くのが得意で、安徽財経大学の文学芸術メディア学部に進学し油彩画を専攻。全国規模の絵画コンクールで複数回、入選する実績も残したという。

 在学中に中国共産党の情報工作員と接触し、“スカウト”された王は、卒業後もアートの道に進むことはなく、スパイとして香港と台湾で諜報活動に従事。香港の民主化運動の妨害工作や、台湾の統一地方選などでメディアコントロール、世論操作などに関わってきた。

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「スパイは大学新卒のあなたにとって魅力的な職業だったのか」との問いに、王は「洗脳されていたのかもしれない。祖国への奉仕……ためらいなどなかった」と曖昧に答えている。

 思想背景などスパイの資格審査をパスした王立強は2014年から、香港上場の投資会社、中国創新投資(CIIL)と中国趨勢控股(チャイナトレンズ)で諜報活動に関わっていく。この2社の実態は、軍事作戦指揮や安全保障のための諜報活動を担う解放軍の中枢機関、中国人民解放軍総参謀部(現・中国共産党中央軍事委員会連合参謀部)の直轄という。

 王は「CIILに派遣されると、直ちに56歳の向心(シァン・シン)会長と50歳のゴン青(ゴン・チン。「ゴン」の漢字は、「龍」の下に「共」)夫人の知己を得て、夫人が趣味で楽しむ絵画のマンツーマン指導も請け負った。そもそも『向心』は偽名で、本名は向念心。向心も妻のゴン青も、ともに中国共産党の高級スパイだ!」と明かす。

2018年3月16日、教育ファンドの代表として提携合意書に調印する向心(中央右)とゴン青(右から3人目) 出典:香港江蘇社団総会

「銅鑼湾書店事件」で拉致を実行?

 中国共産党は1997年の香港返還後、香港と台湾における新たな諜報活動拠点を設けるため、夫婦ともに解放軍幹部クラスの向心とゴン青を選んで香港に派遣。1998年にチャイナトレンズを、2002年にCIILをそれぞれ創業させたと王は主張する。

 CIILとチャイナトレンズは、香港に網の目のような情報ネットワークを張り巡らせているとされる。王によると、衛星テレビの鳳凰衛視(フェニックステレビ)、総合新聞の『文匯報』など中国寄り主要メディアの幹部は、ほぼ全員が中国共産党の情報工作員。彼らは横で連携し、各社の取材網を駆使して民主派、反体制派と目されている人物の言動から家族の個人情報に至るまで詳細に監視・収集しているらしい。

「あるテレビ局の幹部2人も、本当の肩書は解放軍の少将と大校(大佐)。向心に命じられ、中国政府がカルト認定している気功集団の法輪功や本土派(香港独立派)の民主化組織にさまざまな嫌がらせを仕掛けた。しかもそのテレビ局は毎年、工作費として5000万元(約7億7000万円)の資金を中国共産党から得ている」(王)