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 そういう店は、単なる小売としての機能だけではなく、訪れた人々にとって文化的なパブリックスペースとしての意味を持つようになる。かつてのパルコブックセンター渋谷店は、自分としてはこのイメージにかなり合致する店だった。あの店の中を歩くだけでたくさんの新しい世界に触れることができた記憶を持つ人間は、自分だけではないだろうと思う。

 パルコブックセンター渋谷店の坪数は約170坪だった。現在渋谷にあるメガストア的な大型書店MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店(1,100坪)、HMV&BOOKS渋谷店(550坪)などと比較すると小さいが、SHIBUYA PUBLISHING & Booksellers(30坪)のようなセレクトショップ的な小型書店よりはかなり大きい、都市部における中規模サイズの店舗だったと言える。

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「大量在庫」や「選書センス」に頼れないというデメリット

 新刊に限らず既刊も幅広く潤沢に在庫できる大型店舗や、店側の意図的な選書によって販売書籍を極端に狭く絞り込むしかない小型店舗とは違い、今の時代の200坪前後の中規模書店はその展開・維持の仕方そのものに判断や戦略が必要になってくる。

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 数の限られた棚で在庫し続ける商品選択の判断はメガストアよりシビアになるが、小型のセレクトショップのようにスタッフの意志で商品を完全に絞り込むには商売規模が大き過ぎる。かつ、インターネット上のECサイトを通していつでもピンポイントに本が買える今の時代、小売インフラとしての本屋の存在価値はかつてよりも相対的に低下してしまっているため、「大量在庫」や「選書センス」のような分かりやすい特色に頼ることのできない中規模店舗の運営は非常に難易度が高い。

 だが、中規模店のそういうどっちつかずで中途半端な条件は、先述した「中間領域的な本屋」づくりを可能にするものでもある。1,000坪クラスの大型店になると売り場面積が広大過ぎて、ひとりの客が一度の来店で店舗全体をゆっくり回遊することは難しい。数十坪単位の小型店では、売り場のなかで来店客や従業員の姿が互いに可視化され過ぎるため、匿名的に店内を歩きくつろぐことは困難だ。中規模サイズの店舗はこの2つの難点を回避できる。

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街の中から文化的パブリックスペースが無くなっていく

 ただいずれにせよ、私がイメージするような「中間領域的な本屋」を経営することは、いま現在の日本においては難易度が高い、ということに変わりはない(都市部以外では、「中間領域的」どころか、本屋という業態そのものが成立困難になってきている、というもっとシビアな現状はもちろんあるわけだが)。

 新生渋谷パルコが本屋を持たなかった理由はひとつではないだろうが、そこに経営的可能性が見いだせないと判断したことは間違いないと思う。パブリックスペースとしての本屋の意味にパルコが気づいていないということは無いだろうが、それが今の渋谷パルコにおいてはビジネスとして成立し難い案件だと判断したのだろうし、個人的にはそれは正しい判断だとも感じる。

 しかし、「中間領域的な本屋」が成立しなくなる=街の中から文化的パブリックスペースが無くなっていくということは、大衆が文化にアクセスするひとつの重要な機会が今後失われていくということでもある。