フレンチレストラン「マルディグラ」の和知徹シェフが、「ウズベキスタンバーガー」なるものを作りはじめたらしい。と、聞いて新橋駅で下車した。そもそもそれがなんなのか、私だってよくわからないが、肉料理の名人が作るんだからとにかくすごいにちがいない。
和知さんは去年5月、『情熱大陸』に出演、羊肉料理のルーツを追って中央アジアを旅していた。トルコ、ウズベキスタン、キルギス。画面の中で羊たちと戯れていたが、それと関係あるんだろうか。
和知さんが最初に示したのはバーガーに使うバンズ。「ブーランジェリーレカン」の割田健一シェフが、和知さんの要望に合わせウズベキスタンバーガー用に焼いたパンだという。丸い小型のパンにスタンプを押して模様が描かれ、エキゾチックな雰囲気が漂う。「ウズベキスタンではナンのようにタンドール窯に生地を張り付けて焼くんですよ」。和知さんは中央アジアで肉だけでなく、パンのルーツも追求していたのだった。
和知さんが厨房で作りはじめた。タマネギをフライパンで焼く。リンゴをむきはじめたが、これもバーガーに入るんだろうか。赤々とした肉片が肉挽き機に投入され挽肉になって出てくる。そこに和知さんが、胡椒挽きでスパイスをふる。ぐりぐりぐりぐり、一体何周まわしたろう。これでもかと延々スパイスをかけつづける。丸められたパティはまるまると分厚い。それを七輪に置く。煙が立ち上り、いい匂いが漂ってくる。やっぱり羊だ! 炭と混じりあってなんとも香ばしい匂いに昇華しているではないか!
半分に切られたバンズにまず輪切りの玉ねぎ(グリル・ド・オニオン)、その上にパティ(羊の肩肉)、とろとろとブラウンソース(羊の肉汁から作られたもの)をかけまわす。ポテトピュレのソース(自家製マヨネーズとカレー粉入り)、さらにトマトの輪切り、トマトソース(スパイシーな味付け)、芥子菜(マスタードグリーン)、リンゴペースト、いちばん上に目玉焼きまでのり、バンズのもう一片をのせた。どどーんとなんという高さか! ついにウズベキスタンバーガーが完成した!
「ナイフとフォークでも、かぶりついてもいいですよ」と和知さんは言う。ハンバーガーを食べるのにお上品にいっている場合ではない。無謀にもいきなりタワーに噛みつく。鼻先が羊と炭の香りのまっただ中に突っ込む。がぶりと噛んだのはタワーの下部。肉から強烈なフレーバー、スパイス感。これはクミンだ! 肉々しさとかぐわしく混じりあいながら、鼻へ抜けていく。バンズは、表面がかりっと、そしてナンにも似たむにゅっとした食感。あか抜けたというより、なつかしい匂い。小麦のフレーバーが肉々しさと衝突して、お互いの持ち味を引き出しあう。
もう一口がぶり。マッシュポテトのソースと肉汁が絡み合い付け合わせのおいしいところを食べる感覚。さらにがぶり、今度はりんごの甘いソースがきた。肉々しさを甘美なる方向へと誘導する。そして、いよいよ目玉焼きへ。どろどろと垂れ落ちる黄身が肉と混じりあい、なつかしきお子様ランチの幸福。ここまでくると、タワーは崩壊寸前、躊躇なくかぶりついていくしかない。だらだらと肉汁・ソースがこぼれ手を、口のまわりを汚すのもかまわず無我夢中、遊牧民族の獰猛さで食べ進んだ。
もっとも印象的だった、羊・炭・クミンの三位一体。きっと彼の地の市場や食堂に漂っている匂いなんだろう。「ウズベキスタンではものすごいがっつり入れます。屋台なんか特にきいてます。どーんと投入することで、スパイス一種類の力強さをクリアに感じる。それでいて羊肉の特徴を消さない。遊牧民族だから火の扱いは上手。羊を炭で焼いたときのうまさ。肉の持ち味をストレートに出す」
パンを作った割田シェフも和知さんからの依頼をこう振り返る。「けっこう大変でしたよ(笑)。完成させるのに3回は試作したかな。実際のパンを持ってきてくれたらよかったんだけど、画像と和知さんの言葉だけ、あとは想像。ウズベキスタンでは麺を食べるって聞いたからうどん用の小麦を入れたり、家庭のお母さんが作るっていうから牛乳も入れてとか」
肉もパンも粗野。それを最高のソフィスティケイションで演出する。この肉にこのパンだからウズベキスタンバーガーなのだ。肉の名手とパンの名手がああでもないこうでもないと話し合って作った、真剣にして遊び心に満ちたバーガーなのだった。
マルディグラ
東京都中央区銀座8-6-19 野田屋ビルB1F
03-5568-0222
18:00~24:00(L.O.23:00)
日曜休み
写真=池田浩明