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夫の看取りと、車椅子で生活する長男との2人暮らしで知った「幸せとは、自分の運命を受け容れること」の意味

末盛千枝子インタビュー #2

再生不良性貧血という病気

――古田さんは、自身が所属していたベネディクト修道会とバチカンから、正式に許可を受けて司祭をやめています。この葛藤については、何か話をされたことはありましたか。

末盛 もちろん聞いてはいましたけれど、実際にはそれがどんなに大変なことだったか、十分には分かっていなかったなと思いますね。ただ、許可が下りた時に猛烈に泣いたと聞き、少しホッとしました。それほど大きなことだったのだと納得したからです。還俗(げんぞく)した人間が、結婚して子どもができて、それにもかかわらず離婚したということで、古田は傷ついていたんじゃないかと思うのね。だからなおのこと、背中を真っ直ぐにして頑張って生きていかなければいけないと。

 再婚する少し前に古田が再生不良性貧血という病気だと分かったのですが、そういう負荷が免疫不全の原因の一つになっていたんじゃないかと思います。しかも、大きな仕事を次から次へとしていたから。講談社インターナショナルで英文日本百科事典の編集主査を務めた縁と人脈で、神田外語大学を作ることができて、異文化コミュニケーション研究のさきがけになったと思うので、それでよかったんですけどね。古田は大学を定年になる頃まで、自分が神父だったということを、ほとんど公には話していなかったと思います。

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古田暁さんと末盛さん。八幡平市の家を背景に

――末盛さんは、古田さんが長年翻訳を続けてきた『聖ベネディクトの戒律』を「すえもりブックス」から出版されているんですよね。

末盛 『聖ベネディクトの戒律』は古い書物で、ラテン語から直に日本語に訳されたものがなかったんです。古田には、自分の教育は全てベネディクト会でしてもらったという思いがあって、その恩に報いるためにも、なんとかその戒律を出版したいのだと常々言っていました。ビジネスとして厳しいということは百も承知で、何か私の使命のように感じて、「うちで出しましょうか?」と提案したんです。900近い注の入った本文だけで300ページを超えるこの本の制作にあたっては、古田の長男が印刷会社の担当者として関わってくれました。

『聖ベネディクトの戒律』(すえもりブックス)

 古田とは、度々海外にも一緒に出かけて、2002年にスイスのバーゼルで行われたIBBYの世界大会にも同行してくれました。この大会は、上皇后さまがご出席くださった華やかなもので、本当に楽しかったですね。その帰りだったか、ロンドンで静かな住宅街にあるホテルに泊まっていた時、向こうから歩いてきた中年の女性が、「なんて素敵なご夫婦でしょう!」と話しかけてくれたことが、忘れられないですね。