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夫の看取りと、車椅子で生活する長男との2人暮らしで知った「幸せとは、自分の運命を受け容れること」の意味

末盛千枝子インタビュー #2

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私が再婚なんかしたからだろうか

――困難を受け容れることの連続であっても、末盛さんが朗らかでいられるのは、ご自身でどうしてだと思われますか。

末盛 たぶん能天気なのよね(笑)。この前もちょっと上皇后さまとお話しした時に、「たぶん能天気なんですよね」と私が申し上げたら、お笑いになっていらしたけどね。長男は、1歳の時に難病があると言われたんですけれども、大して症状も現れていなかったと思います。25歳の時、タッチフットボールというスポーツの最中に仲間とぶつかって生死をさまようような大怪我をしました。古田と再婚したばかりの頃でしたから、私が再婚なんかしたからだろうかとすごく自分を責めましたね。川崎の病院に飛んでいくと、手術室から先生が出てこられて「非常に厳しい状況ですけれども、まだあきらめないでやっています」ということを何回も話されて、最後に「止血のための血小板を取り寄せていますから、それだけやってみます」と言われました。生きているのかどうか分からないくらいの顔色の息子がストレッチャーに乗せられて出てきて、集中治療室に運ばれました。

 

 まさか下半身不随になるとは思ってもいなかったから、もう動かないと言われた時は胸が張り裂けそうに、悲しかったですね。あの時は、末盛が死んだ時と同じくらい泣きました。古田と次男が病院へ一緒に来てくれて、帰る時も涙が止まらなくて。長男の部屋が道に面したところにあったと思うんだけど、次男が「母さん、そんなに声を出したら兄貴に聞こえるよ」と言うほどでした。しばらくして、リハビリのために療養所へ転院することになった時、手術の時のスタッフの一人だった若い先生に会ったので「本当にお世話になりました。ありがとうございました」と声をかけたら、「そう言っていただけるのは、本当にありがたいです。どうして助けたのかと言われることも多いんです、僕たちは」と言っていました。やっぱり今でも、「血小板を取り寄せます」と言ってくださったお医者さまのことは、忘れないですね。

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――当時、武彦さんとはどんな会話をされましたか。

末盛 長男は意識が戻った時に、口にはチューブがついているわけですから「これは滅多にないような事故で、自分にぶつかった人はどんなにか辛いだろうか」というメモを筆談で書いてくれました。友達に、自分から「救急車を呼んでくれ」と言ったらしいのね。外見は何もないわけですから。そしてずいぶん経ってから、「その時のことを覚えている?」と聞いたら、「うん。ベルトコンベアに乗ってどこかへ連れていかれるような感じだった」と言っていましたね。

――古田さんと武彦さんについて、〈部屋の奥には、二台の車椅子に美しい老人とにこやかな若者が座っていました。末盛さんが再婚した古田暁氏と武彦君でした。短く静かな会話のなかで、私は何とも言えない安堵感に浸っていました。それは、千枝子さんは今後この人たちに守られていくのかもしれない、という不思議な思いにかられたからです〉(『人生に大切なことはすべて絵本から教わった』収録)と島多代さんが書き残した文章が、今になって深い意味を帯びてくるように思います。

末盛 古田は、ときに武彦のことを「彼は聖人だからなあ」ということがありました。病院の帰りに、車のラジオで放送大学を聞いていたら、渡邊二郎さんという東大の哲学の先生が、「幸せとは、自分に与えられた運命を受け容れることである」ということを言っていて、とても驚いたんです。第三京浜で路肩に駐車するところがあったから、車を停めてメモを取ったんですけどね。「そういうことか……」と衝撃を受けました。もちろん私だって大変だと思ってはいるけど、でも、自分だけが大変じゃないということはいつも思っているわけだから。

 辛いこと、悲しいこともたくさんあったけれど、嬉しいこともたくさんありました。そのどれもが今の私にたどり着くまでに必要なことだったと、今は心から思いますね。

 

前編 2人の息子たちを抱えて最初の夫が突然死 なぜそれでも、「人生」は生きるに値するのか から続く)

写真=末永裕樹/文藝春秋

「私」を受け容れて生きる―父と母の娘―

末盛 千枝子

新潮社

2016年3月28日 発売

すえもり・ちえこ/1941年東京生まれ。父は彫刻家の舟越保武で、高村光太郎によって「千枝子」と名付けられる。慶應義塾大学卒業後、絵本の出版社である至光社で働く。1986年には絵本『あさ One morning』(舟越カンナ 文・井沢洋二 絵)でボローニャ国際児童図書展グランプリを受賞、ニューヨーク・タイムズ年間最優秀絵本にも選ばれた。1988年に株式会社すえもりブックスを立ち上げ、独立。まど・みちおの詩を上皇后さまが選・英訳された『THE ANIMALS「どうぶつたち」』や、上皇后さまのご講演をまとめた『橋をかける 子供時代の読書の思い出』など、話題作を次々に出版。2010年から岩手県八幡平市に移住し、その地で東日本大震災に遭う。2019年12月現在は、被災した子どもたちに絵本を届ける「3.11絵本プロジェクトいわて」の代表を務めている。著書に『「私」を受け容れて生きる』『根っこと翼・皇后美智子さまという存在の輝き』『ことばのともしび』『人生に大切なことはすべて絵本から教わった』『小さな幸せをひとつひとつ数える』などがある。

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