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2019/12/24

海外出身選手たちが「ONE  TEAM」になるまで

――今回の日本代表には、韓国出身の具選手だけでなく、ニュージーランドや南アフリカ、オーストラリア、トンガ、サモアの選手がいました。多様な言語や文化を持った選手たちはどのように“one team”になれたと考えていますか?

 昔から日本代表には海外出身の選手がたくさん入っていましたよね。それが活きている気がします。今回もいろんな文化を持つ選手がいましたが、お互いに理解し合おうという雰囲気がありました。キツい練習のあとも、ポジションごとに自然に集まって、言葉があまり通じないのに、スクラムやサインについてお互いに意見や考えを話し合っていました。

 今年は240日間も合宿があったでしょう。毎日毎日、本当にキツかった。ただ厳しい合宿ではありましたが、誰ひとりとして、手を抜こうとする人はいなかった。みんなつねに真剣で本気になってトレーニングをしていました。ぼくもそうです。練習はめちゃくちゃキツかったですけど、イヤだと感じたことはありませんでした。それだけみんな日本代表になりたいという気持ちが強かったんだと思います。そんなチームメイトたちがいたからこそ、みんながチームのために、日本のために、という気持ちを持てたんです。

 

どのような思いで「日本のために」と戦ったのか

――日本人選手が「日本のために」とがんばれるのは自然な気がします。一方、海外出身の選手たちは、どのような思いで「日本のために」と戦ったのでしょう。

 やはり日本でお世話になった人たちの存在が大きいと感じます。中学時代にぼくを相撲部に誘ってくれた先生は、いまも試合のたびに〈感動しました。次の試合もがんばってください〉というメッセージをくれます。6月の宮崎合宿ではわざわざ誕生日のプレゼントを届けてくれました。あとは、中学、高校時代を過ごした大分県佐伯市にある魚市場の人たちがぼくのポスターをつくって貼ってくれました。本当にありがたくて、大会後、魚市場にお礼を伝えに行きました。お世話になった人に感謝しているのは、きっとぼくだけではありません。海外出身の選手たちはみんな同じ気持ちじゃないですかね。

 

 それに、ぼくは日本のラグビーで育ってきました。中学、高校、大学、トップリーグ……。日本代表は、日本でラグビーする選手みんなの憧れです。みんながW杯に出たいと思っている。そんななか韓国出身のぼくを選んでもらえた。選ばれた以上は、日本でラグビーをするみんなをがっかりさせるわけにはいかない。がんばりを見せなければ、と。そうしないと日本代表になれなかった人たちに申し訳ありませんから。