この本を読んで鶏の丸焼きに挑戦、パンを焼いてみた――そんなツイートが相次ぎ、口コミが広がり続けている1冊。訳者の村井さんが企画を持ち込んだ当初、編集者は及び腰だった。
「彼女、料理が苦手だったんです(笑)。『私には料理本の編集は無理です』って。それが今や丸鶏を捌き、休日には包丁を買いに行く変わりよう。生活に根ざした料理の話なので『私もこれならできそう』と影響を与えやすいんでしょうね」
フランスの名門料理学校を卒業したアメリカ人の著者は、ある日、スーパーで加工食品ばかり買い込む女性に出会いショックを受ける。料理に自信がないせいで、割高で非健康的な食生活に甘んじる消費者の姿は、日本にも共通していそうだ。
料理ができない(と思い込んでいる)人のための料理教室を! 一念発起した著者のもとに様々な事情を抱えた10人の女性が集まる。
「裕福な精神科医からフードスタンプ(公的食費補助)に頼る人、失業者と、社会的立場もそれぞれでアメリカの格差が垣間見えます。苦手意識の原因も、母親との関係性だったり夫の心無い一言だったりと色々。多様なメンバーだから読者が自分に似た人を見つけやすいんです。私のお気に入りは、反応が可愛らしいサブラと、60を過ぎても料理のことで涙ぐんでしまうトリッシュ。つい応援したくなります。実際の教室の動画がYouTubeに残っていて、みんな本に出てくるまんまのキャラクターなんですよ」
教室の前準備に各自のキッチンを訪ねた著者は、ある共通点に気づく。冷蔵庫がぱんぱんなのだ。
「無駄な食材に溢れた冷蔵庫が、料理を知ることで変わる。それを読んで『日本でも必要とされる本だ』と確信しました。教室の女性たちと同じく、買った食べ物を腐らせて捨てる罪悪感は誰しも覚えがあるし、改善できるならしたいと思うはず。私も、この本を読んでから月々の4人家族の食費が3、4万は減りました」
〈ほんの少し買い、たくさん作り、捨てないしあわせ〉と共感を呼ぶ章題や挿絵を加えたり、構成を変えたり。読みやすい工夫を随所にこらしたのも、翻訳書に異例の好調の一因だろう。
「実は編集者だけでなくこの本に関わった全員が料理苦手の“ダメ女”を自任する人たち。そのチームが惚れ込んで本作りしたから、必要とする読者に届くんだと思います。料理は女子力を量るとか窮屈なものじゃない、気楽な日常の営みなんだと伝わるといいですね」
ル・コルドン・ブルーでの体験を綴った『36歳、名門料理学校に飛び込む!』がベストセラーとなった美食ライターの著者が思い立った、料理への苦手意識を克服するプロジェクト。“台所に居場所がない”と感じる10人は包丁の握り方から始め、料理の意義と楽しみを学んでゆく。米国ベスト・ノンフィクション賞受賞。