まるでそれは手足を縛られて地雷原を走り抜けるようなリスクの連続だった。他の時代と題材を選びさえすれば、宮藤官九郎は歴史観の溝や世論の分断に気遣うこともなく、高い空を飛ぶ鳥のようにその才気で苦もなく軽妙なエンタテインメントを仕上げることができたはずだ。
だが本人が『懐かしの満州』をもっとも描きたかった回と語るように、戦争という歴史と現実の前に落語というサブカルチャーが落ちた鳥のように地を這い、その文化的敗北から再び羽ばたく姿こそがこのドラマの核心だった。
毅然とした態度で『いだてん』を守ったNHK
公平に言ってNHKは一年を通じて、驚くほど毅然とした態度で作品を守ったと言っていいと思う。定例記者会見のたびに視聴率や俳優の不祥事について記者からの質問の矢面に立つことになった上田良一NHK会長は、何度水を向けられても「芸術的な評価は高い」「私も楽しんで見ている」という静かな答えを繰り返した。終盤に起きた俳優の不祥事でも、出演のカットはSNSからの声もあり最小限のものに押さえられた。
この原稿を書いている12月10日、NHK上田会長の一期限りの退任をメディアが報じた。三菱商事の代表取締役から経営委員会監査委員を経てNHK会長に就任したこの人物について、僕は実際の人物像をほとんど知らない。2013年にNHK職員となって以降、朝の連続テレビ小説を録画視聴を含め全話視聴している、とりわけ『あまちゃん』のファンであるということもインタビュー記事を通じた知識でしかない。
「(複数の関係者によれば)首相官邸は『上田会長は野党に気を使いすぎだし、政権批判の番組へのグリップが弱い』と不満を持っていた」という毎日新聞の報道、「複数の関係者によると(経営委員会が上田会長の再任を認めなかった)交代劇の舞台裏では、NHKの政権に批判的な報道に不満を持つ官邸が、一部のNHK幹部と連携して人事を主導した」という朝日新聞の報道が真実であるかどうかも知らない。
だが確かに言えることは、彼が1年の放送期間中に嵐のように続いたアクシデントとバッシングの中、最後まで静かに作品を見守ったということである。
「NHKを潰せ」と掲げる政党が100万近い票と取った年に
定例会見で繰り返された視聴率の不振と不祥事に関する質問に対し、彼はいつも作品そのものに対しては評価し、擁護する静かなコメントで答えた。それはもしかしたら、宮藤官九郎という自由人と、その作品を愛すると公言した企業人との、たった任期一期の3年間、文字通り「一期一会」の出会いとすれ違いだったのかもしれない。
宮藤官九郎の脚本による『いだてん』42話の戦後シークエンス『東京流れ者』では、なぜ今のNHK東京放送局が渋谷にあるのかというルーツが描かれた。2019年は参院選で「NHKを潰せ」と掲げる政党が100万近い票と1議席を獲得した年でもある。
『いだてん』が多くの逆風やアクシデントの中でテコ入れや介入を受けず、全47話を1話も欠けることなく、それどころか最終回は60分に15分拡大放送でフィナーレを迎える中、その放送と準備に一期3年の任期を重ねた1人の企業人が会長の座を降りると報道される光景は、まるでそれ自体が『いだてん』の白眉の一つである政治劇、人間ドラマの一場面のように見えた。